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功治と和美

五月二十四日


「永遠ってあるの?」


 和美は盆に載った食器を下げるのさえも忘れている。


「たとえば、人間は死ぬな。必ず。それは不変の事実だよ。人間だけじゃなくて、この世界のものには必ず終わりは来る」


「うん」


 背中を背もたれから離し、テーブルに肘をついて功治の言葉を待ち受ける。その理屈に矛盾や曖昧さがあれば、すかさず論破してやろうという格好だ。昼休み終わりのチャイムや生徒たちが教室に引き上げる物音にも和美が反応する様子はない。


「それに、宇宙に始まりはあるかってことも重要なんだな」


「そうなの? 終わりがあるものには始まりがある。それで、始まりがあるものには、終わりも来ると考えるの?」


「そうだ。そう考えるのが妥当だな」


「確かに・・・・・・でも、私たちの知っている範囲で、つまり私たちも含めた命や物質に終わりがあって、そして始まりがあるからと言って、全てにそれを当てはめるのも無理があるんじゃない?」


「そんなことはないな」


「そう言い切れる理由は?」


「それは・・・・・・俺たちの生きているこの場所が、宇宙まで含めた全世界の一部であるならば、その一部で見出せる法則は、普遍的であるはずだと考えるべきだ」


「でもね、その、『はず』だとか『べき』だとかいう話じゃないでしょ。事実は私たちの思考や思想とは必ずしも一致しないってのも、もう一つの事実でしょ。この際、どっちの事実に私たちはのっかるかってことで結論は大きく異なるんじゃない?」


「まあな・・・・・・」


功治は珍しく眉間に皺を寄せ、眼鏡を中指でずり上げた。


「その事実を導き出すための形而上の話なわけだから、今俺たちがしている話はな。論理的に世界について推察していくには、目の前にある自明の事実から始めて、それらを緻密に精査してな、証拠として積み重ねて本質にいくしかねえからな」


「なるほどね、あくまでその立脚点を主張するのね。わかった、今は功治君の立ち位置から話し合うことにしようよ」


「それなら話は簡単だな。だから、俺たちには必ず死という終わりがあって、同じようにこの地球にも、太陽にも終わりがる」


「それで、それら全てに誕生があるってことでしょ?」


「そう。繰り返しになるが、そうすると、この宇宙にも終わりがあって始まりがある」


「つまり、永遠という概念は単なる観念でしかないってことになるのね」


 毅はぼんやりと二人の話を聞きながら、学食の窓から見えるグラウンドを何とはなしに眺めている。昼休みのグラウンドでは、四月に入部したばかりの一年生が二年生の指導の下で昼休みを使ってグラウンド整備をしている。内野に水を撒き、よく土に水分を含ませてからレイキでその土の表面を掘り返し、その後トンボで表面を均す。中学を卒業したばかりの彼ら一年生にとって、腰をかがめてレイキでグラウンドの土を掘り返す労働は全身を鍛える体作りの一環でもあった。


「わたし、宇宙のことなんか全然知らないから今度よく教えてね」


昨日の出来事などまるで毅の夢だったのかと思ってしまうほど、和美はいつもと変わらない態度だった。それが精一杯に繕ったものなのか、それとも巧みな演技なのか、はたまた自然体なのか。毅は功治との議論に没頭する和美の隙を窺って和美の本当を探ろうと試みているが、やはり和美はいつもと何一つ変わらぬ和美なのだ。


「宇宙はな、でかいよ。以上。アハハハ」


「そんなの知ってるし、そんなんじゃ全然わかんない」


「夕方、最初に見える星は金星」


「次に見えるのは?」


「水星だな」


「じゃあ、始まりっていつなの?」


「銀河系で最も古いとされている天体は一三〇億年前からあるな」


「じゃあ終わりは?」


「まだ分からないが、宇宙はどんどん大きくなっていって、最後は爆発するだろうってことにはなってるな、今のところ」


「へー宇宙は最後は爆発しちゃうの」


「毅もこの話に加わんなさいよ」

 和美は外を見ている毅に物欲しげに訴えた。

「は?」


「こいつは、そういうの興味ないんだな」


「俺はお前ら変人とは住んでる世界が違うかんだよ」


「何よ変人って」


 時には深刻に、時には自然な笑顔で自分の友人との会話に没頭している恋人の普段見せない表情が少し気になった。が、すぐに午後の練習のことで頭が一杯になった。補欠の補欠である毅には、練習試合でアピールするチャンスなど廻ってこない。練習でのプレーが全てなのだ。新入生を受け入れて2ヶ月、部内には新しい風が吹き始めている。


昨秋の新人戦県ベスト4という戦果はかつてない高い高岡高野球部への下馬評となって、有望な一年生が入部し、レギュラー争いが更に過熱していた。五月の最終週の練習試合に出場機会を得て、結果を残す。六月の下旬に決まるベンチ入りのメンバーに名を連ねるための最後の機会が迫っていきている。


開いている窓から一年生がグラウンド整備を終了する掛け声が聞こえてきた。バタバタと学食横のロッカーで靴を上履きに履き替えている。あどけない声が、毅の耳にも届く。


 ―あんなまだ子供みたいな奴らに負けてたまるか。


「じゃ、俺は戻るよ」


「今日の毅は珍しく真面目だね」


「そろそろ古典の出席がやばい。単位落とす勢いでサボってるから」


「じゃあご自由に」


 意に沿わない時の和美の声が毅の背中に刺さったが、毅は我関せずを決め込んで立ち上がった。


急に大人しくなった二人を毅が見ると和美が功治を凝視している。睨まれた功治は、どうすれば良いのか分からずたじろいだ色を体全体に漂わせていた。そんな功治を置いて毅は学食を出ようと思った。


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