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シルビアーナの願いと幸福

【夏薔薇の宴】から三日後。ゴールドバンデッド公爵家の庭園の東家で、二人の少女がお茶会をしていた。顔立ちも体型も違うが、どちらも銀髪金目の美少女だ。

 一人は、ゴールドバンデッド公爵家令嬢シルビアーナ・リリウム・ゴールドバンデッド。

 一人はコットン男爵家令嬢ローズメロウ・コットン……と、名乗っていた少女である。


「あー!スッキリした!やっとあのクソ野郎から解放された!」


「ええ。……けれど、本当にこれで良かったのかしら」


 シルビアは憂い顔だった。クリスティアンを見捨てはしたが、もう少し穏便に出来なかったのかと悩む。あの時は、怒りと嫉妬と失望から強く拒絶してしまったのだ。


(元殿下は十八歳。まだ教育する余地はあったはず。そもそも、私のような未熟者でなければ……)


 シルビアーナはクリスティアンを愛してはいなかったが、憎んでもいなかった。どちらかと言うと、母親と外戚の傀儡として育てられたクリスティアンに同情していた。


(陛下も元殿下を気にかけて手を尽くされていた。あの場では冷淡に振る舞っていらしたけれど……)


 四年前「シルビアーナちゃん、馬鹿息子を頼むよ」と言い、十四歳の小娘に頭を下げた姿を思い出す。

 第二側妃は、国王ライゼリアンがクリスティアンの教育に関わるのを拒絶した。そればかりか、近づくことすら阻んだため親子の関係は希薄だった。

 けれどあの時の国王ライゼリアンは、息子を育てようとするただの父親だった。

 王命を受けたのは、己の願いを叶えたかったのが第一だった。だが、あの姿に心を打たれたからこそシルビアーナは努力したのだ。


(けれど、果たせなかった)


 まだクリスティアンの刑は決定していないが、良くて生涯幽閉、悪くて公開処刑だ。どちらにしても後味が悪い結果になった。

 シルビアーナが暗い気持ちでうつむいていると、手を包み込むように握られた。その温かさと柔らかな感触に胸が高鳴る。


「シルビアお姉様、もう気に病まないで。お姉様は礼節を弁えた上で、あいつを教育しようとした。あれは何も学ばなかったあいつ自身が選んだ末路だよ」


 言葉は端的な事実を、眼差しはシルビアーナへの労りと慕わしさを伝える。シルビアーナはときめきを誤魔化すようにはにかんだ。


「あ、ありが……」


「大体!あのクソ野郎は何様のつもりだって言うのよ!こんなに美しくて賢くてお優しいシルビアお姉様を蔑ろにして!【悪役令嬢】だの醜女だの目が腐ってるに決まってる!第一側妃様の功績も理解出来ないし!母親と同じピンクブロンドと空色の目以外はブスとか言うマザコンだし!おまけにちょっと変装して近づいただけで騙されるしさ!本当に見る目も考える頭もない馬鹿!クソ野郎!」


「え、ええ。確かに酷かったわ。私もこの四年間、ずっと悩んでいたもの」


「本当にね。あと私、無茶な王命をした陛下もどうかと思う。「教師たちの言うことを聞かないけど、同い年の女の子の言うことなら聞くかもしれない」だなんて。初めから向こうに嫌われるとわかっていたのに無茶苦茶よ」


 国王ライゼリアンに対し不敬な発言だが、シルビアーナはそれよりも気にかかることを思い出してしまった。


「……貴女にも無茶をさせたわ。

 いくら陛下からのご命令とはいえ、お父様は酷い。私の可愛い妹分に間諜のような真似をさせるなんて」


 クリスティアンたちが謀叛(むほん)を計画しているとわかり、送り込まれたのがこの少女だった。

 理由は単純。国王と強い信頼関係を気づいているゴールドバンデッド公爵家所縁の者で、髪と目の色以外はクリスティアンの理想そのもの、おまけに男を手玉に取れるだけの度胸と頭脳があったためだ。

 そして少女はクリスティアンから情報を引き出し、さらに謀叛(むほん)を早めるようそそのかしたのだった。


「私はいいの。だってお姉様の苦しみを早く終わらせることが出来たのですもの」


「リリ……」


 シルビアーナは愛しい名を呼んだ。

 リリ・ブランカは幸せそのものの笑顔を浮かべ、シルビアーナの手にキスを落とした。


「リリの全てはシルビアお姉様のもの。シルビアお姉様の幸せが私の幸せ」


 シルビアーナの心が喜びと罪悪感に揺れる。


「リリ。貴女がもし昔のことを気にしているなら、もういいのよ」


 リリ・ブランカは、ゴールドバンデッド公爵家の寄子の一つ、ブランカ男爵家の娘だ。ただし、当主がメイドに産ませた子で、母親と共に本妻から虐待を受けていた。

 五年前、二人をメイドと話し相手として引き取り、結果として救ったのがシルビアーナだった。


(私はただ、リリを側に置きたかっただけですもの)


「確かに私もお母様も返せないほどの恩があるけど、それだけじゃないのよ。シルビアお姉様だってわかっているでしょう?」


 リリは目を細め、再びシルビアーナの手に口付けた。


「優しくて気高いシルビアお姉様。リリはお姉様を愛しています。あんな男に、いいえ。誰にも渡したくない。ねえ、怖がらないで。私とシルビアお姉様の想いは、きっと同じよ」


「リリ……」


 今度こそシルビアーナの心は歓喜で満たされた。


「ええ、ええ。私も。私もリリを愛している。元殿下の側にいるのを見るたび、どれだけ嫉妬したか……。ねえ、今気づいたのだけど、ひょっとしてリリは気づいていたのかしら?」


「……ごめんなさい。嫉妬してもらえるのが嬉しくて、わざとお姉様の前でくっついたり触らせたりしてた」


「まあ!リリったら酷い!私はとっても苦しくて悲しかったのよ!」


「ごめんなさい!もうしません!なんでもするから許して!」


 リリは涙目だ。さっきまでの堂々とした姿が嘘のよう。シルビアーナは厳しい顔を保とうとしたのに笑ってしまう。


「ふふ。これからも私の側にいるなら許してあげる」


「もちろんです!シルビアお姉様大好き!愛してますう!」


「私もよ。愛しいリリ。私たち、これからもずっと一緒ね」


「うん!」


「ああ、陛下にあの願いを叶えて頂けてよかったわ」


 シルビアーナは四年前、褒美を求めた。

 褒美は『爵位と領地と国王からの後ろ盾』

 家から独立し、結婚しなくて済むように。そしてリリさえ良ければ、ずっと一緒に居れるようにこの褒美を求めた。

 当時の国王ライゼリアンは驚愕し、再考を求めた。クリスティアンとの婚約を解消するのが前提の褒美だったからだ。しかし、シルビアーナは二代続けてゴールドバンデッドの一族が王家に嫁す弊害を説き、頷かせたのである。

 クリスティアンへの断罪後。国王ライゼリアンは、改めてシルビアーナを労り、全ての手筈を整えることを約束してくれた。

 一年後、シルビアーナは女侯爵となり、ガーデニア侯爵家が治めていた領地の一部を引き継ぐ。求婚者が殺到するだろうが、全て跳ね除けて仕舞えばいいだけだ。


「私もシルビアお姉様をお守りする!」


「ええ。頼りにしているわ。私のリリ」


 この四年間。辛く苦しい日々だった。シルビアーナは苦い挫折の味を知った。

 しかしそれすらも、もう過去のこと。シルビアーナには、リリとの甘く幸せな未来が待っている。

 

 おしまい

最後まで閲覧いただきありがとうございます。よろしければ、ブクマ、評価、いいね、感想、レビューなどお願いいたします。皆様の反応が励みになります。


こちらの作品もぜひご覧下さい。連載中のハイファンタジーです。

「花染め屋の四季彩〜森に隠れ住む魔法使いは魔法の花の力で依頼を解決する〜」

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[良い点] 百合というよりは愚かな皇太子の辱めに近い気がする。 特に背景で醸成されている政治的陰謀の深さと、中心にいる王室の愚か者を考えると、それは悪くありません。 [気になる点] が、彼女たち…
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