シルビアーナの反論と救済
シルビアーナはあまりの言い草と、【悪役令嬢】という言葉に固まる。近年の少女小説で流行っている用語であり、シルビアーナも愛読しているが、まさかその用語をこのような公的な場で叫ぶとは想像もつかないことだった。
固まっている間に、ローズメロウと呼ばれた少女がサクランボのような唇を開いた。この場に相応しくない、甘ったれた声がこぼれる。
「ねぇ、クリスぅ。そんなに怒鳴っちゃ怖いよぉ。シルビアーナ様もお可哀想だしぃ、早く終わらせようよぉ」
ローズメロウはくすくすと笑いながらクリスティアンに擦り寄り、チラリとシルビアーナを見つめた。シルビアーナは扇の下で唇を軽く噛む。ローズメロウは嬉しそうに目を細めた。
「ああ、私のかわいいロージー。ロージーは素晴らしいな。口うるさくないし、賢しらなことも言わないし、醜い嫉妬もしない。おまけに、自分を虐げた【悪役令嬢】にも優しい。流石は私の最愛だ」
クリスティアンはローズメロウを抱き寄せ、蕩けそうな甘い顔で囁く。しかも愛称呼びな上、目線は豊かな胸に釘付けだ。
(なんと浅ましい。ここまで堕落されてしまわれたのね。いえ、成長できなかったのだわ。婚約から四年もあったというのに)
シルビアーナは不快に眉をひそめた。吐きそうなのを抑えて、なんとか口を開く。
「ローズメロウ様を嫉妬し虐げた事はございません」
「惚けるな。私とロージーにしつこく『婚約者でもない異性に気安く触れたり、愛称で呼んではなりません』などと暴言を吐いていたではないか」
「恐れながらクリスティアン殿下、貴族としての常識であって暴言では……」
「ええい!鬱陶しい!ともかく【悪役令嬢】の貴様とは婚約破棄だ!とっとと最果ての修道院にでも行くがいい!」
大きなどよめきが起きる。
反して、シルビアーナはあくまでも冷静に返した。答えはわかりきっていたが、この場で聞いて知らしめなければならない。
「クリスティアン殿下、私どもの婚約は王命でございます。また、私の進退についても殿下に決定権はございません。先ほどからのご発言は、陛下の御了承と御裁可を受けてのものでしょうか?」
「父上の了承?そんなものは不要だ!私の婚約者は私が決める!」
「キャハハ!そうよクリス!よく言ったわ!」
クリスティアンは堂々と宣言し、ローズメロウは勝ち誇ったように笑った。
(ああ、終わってしまいましたか。私が至らないために……)
シルビアーナは心中で嘆き、完全に諦めた。
周囲では、また大きなどよめきが起こった。当たり前だ。クリスティアンは公的な場で国王を父上と呼んだあげく、王命に逆らっていることを明言したのだから。中には殺意のこもった目でクリスティアンとローズメロウを睨む者、罵る者まで現れた。
「コットン男爵家など聞いたこともない!しかも先程からの下品な振る舞いは娼婦にも劣る!殿下!下賎の女に誑かされ乱心されたか!」
「クリスティアン殿下!王命に反するとは陛下に対する不敬ですぞ!いくら第二王子とて見過ごせませぬ!反逆されるおつもりか!」
「ええい!やかましい!ロージーは我が最愛!侮辱は許さん!そもそも父上なぞ議会の言いなりに玉璽を押すだけの傀儡!国を衰えさせる暗愚!賤しき産まれの第一王子と共にこの私が引きずりおろしてや……」
「左様か。では、やってみるがいい」
「なっ……?ぐえっ!」
冷淡な声が響いたと同時に、クリスティアンは床に押さえつけられた。背後から騎士たちに取り押さえられ、跪かされたのだ。
「なっ!無礼者!離せ!私を誰だと……ぐあああ!痛い!やめろ!離せえ!私を助け……」
「口を閉じろ」
クリスティアンを見下したのは、暗愚と罵られた国王その人であった。クリスティアンと同じ金髪碧眼。普段は柔和で優しげな顔と穏やかな声をしているが、今は様変わりしていた。その顔は氷がごとく冷ややかで、声は重く厳しい。誰もが圧倒され、広間は静寂に包まれた。
あのクリスティアンでさえ圧倒されたのだろう。口を開けたが、か細い声が情けなくこぼれるばかりだ。
「ひっ?ち、父上ぇ?な、なぜ?外遊しゃ、れて、るのでは……」
「はあ……。貴様は口を閉じることすら出来んのか。……もういい。黙らせろ」
前半はクリスティアンに、後半は騎士たちに向けて言った。クリスティアンは速やかに猿轡を噛まされる。
国王はクリスティアンから目を逸らし、広間中を睥睨したのち口を開いた。
「エデンローズ王国国王ライゼリアンの名において宣言する!第二王子クリスティアン・カルヴィーン・コーヴェルディルは王位継承権を剥奪し廃嫡とする!」
よく通る声が広間にこだました。居並ぶ臣下たちは跪いて恭順を示し、クリスティアンの目が信じられないと言いたげに見開かれ、絶望に染まる。国王ライゼリアンは続けた。
「レオナリアン、我が前に出よ」
「は!」
国王ライゼリアンの背後から現れたのは、辺境にいるはずの第一王子であった。
クリスティアンの大嫌いな、第一側妃ゆずりの銀髪を持つ美青年である。
元男爵令嬢である第一側妃の子であり、後ろ盾は弱い。だが文武両道で人格者であり、クリスティアンと違って功績と人望の高い人物だ。
「王太子は第一王子レオナリアン・バスティ・コーヴェルディルとする!異のある者は申し上げよ!」
否やは一つもない。そう、一つもだ。その不自然さに気づく者もいたが、口を出す者は一人もいなかった。もちろん、シルビアーナも同じである。
国王ライゼリアンは満足気に頷いた。途端、それまで身にまとっていた冷やかな覇気が霧散していく。
「はー。しんど。いやあ、馬鹿息子がごめんなぁ。せっかくの【夏薔薇の宴】を台無しにするところだった。後はレオナリアンに任せるから、みんな楽しんでいってくれ」
ほわんとした空気で話すのは、いつも通りの国王ライゼリアンだ。
王妃と第一側妃と臣下の言いなり、国王よりパン屋が似合うと囁かれるその人である。ほとんどの者が口にはしないが薄らと侮っていた。
しかし、それはこれまでのこと。臣下たちはますます頭を深く下げるばかりである。
「そんじゃシルビアーナちゃ……シルビアーナ嬢、余に着いてきて。あ、馬鹿息子はしっかり拘束させておくから安心してね」
「かしこまりました」
こうして、国王ライゼリアンは廃王子クリスティアン、シルビアーナを伴い広間を後にしたのだった。
その後、広間では王太子レオナリアンとその婚約者が最初のダンスを踊り、表面上は和やかな宴となった。
誰もが内心、この不祥事と今後のことで頭がいっぱいだったが、口には出さない。
いつの間にか消えた「誰も知らない男爵令嬢」のことも含めて。
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完結まで執筆済みです。随時投稿していきます。
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