シルビアーナと婚約破棄
今から四年前のことである。
「シルビアーナちゃん、馬鹿息子を頼むよ」
「では、私の願いを叶えてくださいませ」
こうしてシルビアーナは、国王のために第二王子の婚約者となることを引き受けたのだった。
◆◆◆◆◆
現在。王城では間もなく、【夏薔薇の宴】と呼ばれる舞踏会が始まろうとしていた。
エデンローズ王国の王侯貴族にとって、夏の社交界において最も重要な行事である。隅々まで磨き上げられた広間は色とりどりの夏薔薇で飾り立てられており、薔薇より鮮やかに着飾った貴婦人たちとそのパートナーが、開会を知らせる最初の曲がかかるのを今か今かと待っている。
最初に踊るのは王族だ。通常ならば国王と王妃が踊るのだが、今回は外遊のため共に不参加だ。また、第一王子とその婚約者も、辺境へ慰問に訪れているため不在である。
その為、国王の代わりにこの舞踏会を任された第二王子と、その婚約者が踊ることになっていた。噂好きの何人かが囁く。
「【夏薔薇の宴】の主催を任されるとは」
「では、殿下が王太子に指名されるという噂は真実……」
エデンローズ王国には王子が二人いる。
第二王子は第二側妃の子だ。第二側妃の出身であるガーデニア侯爵家の後ろ盾がある。さらに婚約者である公爵令嬢は【完璧な淑女】と名高いため、有力な王太子候補とみなされていた。
「しかし、殿下がエスコートしている娘は誰だ?」
「ええ。私も見たことがございませんわ」
「殿下の新しいお気に入りでしょう。相変わらずのご趣味ですな」
金髪碧眼の第二王子の隣にいるのは婚約者ではない。鮮やかなピンクブロンドの髪と、空色の目をした小柄な美少女だ。愛らしい顔立ちと豊かな胸を、襟ぐりの大きく開いた青色の……第二王子の瞳と同じ色のドレスが強調している。
そして第二王子クリスティアン・カルヴィーン・コーヴェルディルは、美少女を伴い広間の中央に進み、宣言した。
「私はここに宣言する!忌々しい悪女シルビアーナ・リリウム・ゴールドバンデッド公爵令嬢との婚約を破棄し!ここに居る我が最愛ローズメロウ・コットン男爵令嬢と婚約すると!」
広間に激震が走る。名指しされたシルビアーナ・リリウム・ゴールドバンデッド公爵令嬢は、強張らせた顔を扇で隠しクリスティアンを見つめた。
雪のような銀髪と、金色の目の美女である。端正な美貌と身からあふれ出る気高さを、上品な金色のドレスが引き立てていた。
シルビアーナは溜息をこらえた。ドレスのプレゼントもエスコートもない時点で覚悟はしていたが、悲しくて泣きそうだ。
(私の四年間はなんだったの……)
シルビアーナは、十四歳で同い年のクリスティアンの婚約者になった。その日から四年もの間、クリスティアンが間違いを犯さないよう勤めた。
だというのに、たった今その全てが無駄になってしまったのだ。
(ああ殿下、どうか思い直して下さいませ)
シルビアーナは失望しつつも、心からクリスティアンを案じ、言葉を紡ごうとした。
「クリスティアン殿……」
「シルビアーナ!貴様の老人のような銀髪!狼のような金の目!忌々しく愚かで口さがない醜女め!貴様のような醜女が婚約者など吐き気がする!」
シルビアーナの思いやりは、クリスティアンの怒声に打ち消された。
クリスティアンの異様な剣幕と発言に周りが息を呑む。シルビアーナは万人が認める美しさと、明晰な頭脳を備えた【完璧な令嬢】だ。
すでに王子妃としての公務をこなしており、国内外で評価が高い。功績は多岐にわたるが、特に貧民救済における就労支援制度の制定と運営、隣国との不可侵条約締結への貢献が名高い。
ただ、広間にいる者たちも気づいていた。クリスティアンの婚約者であるシルビアーナの名声はいくらでも聞こえるが、クリスティアン自体に目覚ましい成果がないことを。むしろ悪名の方が多い。シルビアーナを蔑ろにし、公務を押し付けているのは公然の秘密であった。
「貴様の罪は!醜い分際で私の婚約者であったばかりか!事あるごとに公務だの勉学だのをやれと口を出し!下らん嫉妬で私のローズメロウを虐げたことだ!知っているか?巷では貴様のような悪女を【悪役令嬢】と呼ぶのだ!恥を知れ!」
閲覧ありがとうございます。よろしければ、ブクマ、評価、いいね、感想、レビューなどお願いいたします。皆様の反応が励みになります。
完結まで執筆済みです。随時投稿していきます。
こちらの作品もぜひご覧下さい。連載中のハイファンタジーです。
「花染め屋の四季彩〜森に隠れ住む魔法使いは魔法の花の力で依頼を解決する〜」
https://ncode.syosetu.com/n1144ig/