かもしれない運転の君嶋さんはエンスト永世名人
私は車が好き。
シートベルトを締めて、ハンドルを握ると『今日は何処へ行こうかな』と、気分がとても明るくなる。
走り出したあの先に、憧れの上野先輩がいるかもしれない運転だと思うと、気分も最高に上がってくる。
上野先輩はきっとベンチに浅く腰掛け、お気に入り作家の新刊を開き、優雅にエスプレッソを口にしているかもしれない運転だと思うと、私の胸はドキドキして鳴り止まないのだ。
きっと足を組み、時折頬杖をつきながら、エスプレッソを口にしているかもしれない運転だと思うと、私は喉が締め付けられるかのような熱さを感じるだろう。
上野先輩が私に気付き「おはよう君嶋さん」と爽やかに声を掛けてくれるかもしれない運転なんかされた日には、きっと心臓がエアバッグの様に飛び出て、昇天してしまうだろう。
運良く死ななかったとしても、コンビニで買った100円のエスプレッソを片手に私も『エスプレッソ、偶然ですね』なんて返事をし、上野先輩が『君のは安物だ。だが、それも悪くない。交換しよう』なーんて優しいお言葉を頂くかもしれない運転なら、私のイモビライザーがビービー鳴って近所迷惑もやぶさかではないだろう。
「あのー、もしもーし?」
上野先輩はきっと優しいかもしれない運転だから、内ポケットからエクレアなんかを取り出して『ボンジュール?』と私の口にエクレアを運んでくれるかもしれない運転。そう、上野先輩はシュークリームよりエクレア派だから私も示し合わせたかのように、ダッシュボードからコンビニのエクレアを取り出して『エクレア、偶然ですね!』と笑いかけるだろう。
『君のは安物だ。だが、たまには良いだろう』と、先輩は情状酌量かもしれない運転だから、きっと苦笑いをして、私の顔にパイを投げつけるだろう。私はそれを甘んじて受け止めるつもりだ。
「もしもしー? さっきからエンストばっかりで1mも進んでないよー? 教習所で渋滞起こさないでー!」
先輩は読書を終えると昼食はパン派かもしれない運転だから、きっとお昼はサンドイッチかサンドウィッチ。トマトにキャベツ、タマゴにハム。時にはちょっと贅沢にアンチョビをサンドしたりしなかったりするかもしれない運転で、ナックルボールの持ち方で可憐にサンドイッチをゆらゆらと幻惑させるかもしれない運転に候。
「──待って! 止めて! 酔う! エンストばっかで酔う! 教習員人生25年こんなの初めて! 悲惨! オートマ! 君はオートマにしなさい!」
待っていて下さい先輩。私の恋はノンストップですから。一方通行もなんのその。スクールゾーンを法定速度ギリギリでUターンなんかせず、貴方を追い越して幅員減少からの幅寄せで縦列駐車してみせますから……!
「オエッ……! オエェェ……!! ハンコ、ハンコあげるからもう止めて!!」
そうと決まれば先輩の家までフルスロットル!!
恋のETCゲートをぶち破って、二段階右折も何のその! ブレーキパッドに潤滑油マシマシで突撃ですからねー!!
「ちょちょちょ!! 何処行くの!? まだ仮免取ってない!! この人いきなりエンストしなくなったと思ったら教習所飛び出して何処行くのーーー!?」