見つけた(続)
僕とジンは同時に上を見上げ、天井で笑う魔王を見つめた。
「約束は、約束だ」
回した腕に力を入れたジンは、静かに、けど、ハッキリと断言する。
「裕翔は俺の恋人だ。返してもらう」
——胸がギュッと痛くなる。
アンドリューの姿じゃないのに、ジンは僕を恋人だって言ってくれる。探して、迎えに来てくれたし、僕の名前を呼んでくれた。
思わず彼を掴んでる僕の手にも力が入る。
——ジン。
「ニグ。何度も言うよ。ジンが……今の僕の恋人」
眉根を少し寄せ、宝石のような赤い瞳を細めたニグレータが僕らをジッと見て、少しして微笑んだ。
『お前は俺の庭の主役なんだがなー。今回は野に咲くことを選ぶか。まあ、仕方ない。小僧は間違えなかったしな。俺は——長い夢の続きでも見るか』
綻んだ大きな赤い唇から、牙が少し覗いた。
『……お前の顔を拝めただけで、また、夢の続きが見られるよ』
魔王の見せた笑顔は、身が竦むくらいの優しさを滲ませた笑顔で、僕の中のローズが震えるのが分かった。知らずに涙が溢れてきた。でも、それは僕の流したものじゃない。
突然の浮遊感にジンの腕を強く掴む。ジンが僕を引き寄せて強く抱く。
『帰りは迷うなよ!』
突き落とされる感覚、吹き上げる風、ジンが僕の目を覗き込んで唇を寄せる。柔らかく、湿った甘い息が僕の中に吹き込まれる。逆巻く風の中で交わす口づけで、震えたローズの気持ちごと熱くなってく。唇を離したジンは、あの、綺麗な笑顔で僕に笑いかけた。
——姿が戻ってる。
「マルグランダ殿下!」
聖魔法の光が真っ直ぐに僕らを捕まえて、強く下へ引っ張られた。
☆
床に落ちたと思ったら。
「やった! お帰りー!!」
「あぁぁぁ、リュー! どこもなんともありませんか? ご無事ですか?」
「おう、戻ったな。ジン、よくやった!」
「待つと言うのは辛いものですね。二人が心配で、生きた心地がしませんでした」
マルグランだ殿下に抱きつかれ、涙でクシャクシャのミザリーに抱きすくめられ、アルゲント先輩に髪をクシャクシャにされ、ベーダ先輩にため息をつかれた。
そんな僕らを一歩離れた所で、ププラ先生と王太子が安堵の息をつきながら見てる。
「お帰り、裕翔くん、ジンくん」
ププラ先生が、僕たち全員を抱きかかえるようにして笑った。
「僕の大事な生徒が無事で良かった」
王太子も僕の頭に軽く手を置いて、微笑んでくれた。
「お帰り。君たちは我が国の貴重な魔法使いだ。無事に戻ってくれて、本当に嬉しいよ」
無事を歓迎されて、なんだか照れくさく感じたけど。
「……えーと。それで、ここ、どこですか?」
見たこともない場所で、辺りをグルッと見回してしまう。
「ここはクリスタル・ローズ妃の廟なのですよ」
「え? お墓?」
「だそうですが、ここに御遺体があるのではないそうで」
ププラ先生が後を続けて説明してくれた。
「慰霊祭だとか、豊穣祈願だとかね。儀式用の建物なんだよ」
「なるほど。それで、古代呪文がビッシリ」
「そう。君の帰還にはピッタリの場所だね」
「はは、そう…かな」
ベーダ先輩が王太子を見て——。
「そろそろ外へ出ませんか? ジンもリューも戻ったことですし」
「ああ、そうだな。グラン。外へ出ようか」
「はーい」
王太子殿下は、さり気なくミザリーの腕を取ってエスコートする構えだし、先輩たちは気にも留めずに歩き出した。
「行こう。裕翔」
「ジン。僕は——」
「いいだろ? ププラ先生も裕翔って呼んでたし、スパイクさんも知ってるんだし」
——まあ、んー。
「そうだね。学園でなら、いいのかな」
「いっそ、アンドリュー・裕翔・クライドに変名すれば?」
「冗談でしょ。本音を言えば」
僕は少しだけ声を落とした。
「ジンだけに裕翔って呼んで欲しいんだし」
ふっと足を止めて僕を覗き込んだジンの目が、深い青色をキラキラっと光らせる。それから、クスッと笑って僕の手を握って軽く引いて小声で囁いた。
「名前の由来を知ってるのは俺だけ。それで我慢だな」
「……分かったよ」
繋いだ手が熱くなってきた。
そんなふうに優しい声で囁かれると、やっぱり僕の心拍数は上がってく。
ジンにだけ、熱が上がってく。