表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/73

胸がキュゥゥッって。 

「スミレの花の紫は、僕に春を教えてくれます。寒い冬を乗り越え、新しい季節の到来を教えてくれる小さな花、その香りの中、僕らはソルティソ魔法学園へ入学し——」


 無理して春の花を入れた結果、自分的には抽象的で今一つの挨拶になった。だが、イケメン様の言う事には従っとくべきだろう。ゲームには好感度ってのがあるからさ。


 僕的には、あの人の好感度はだだ下がりだけど。初対面の人間の耳を噛もうとする変態男は願い下げだ。


「やあ。クライドくん。詩的で、すごく良い挨拶だったよ」


 舞台袖に戻った僕を待ってたのは、金髪碧眼、定番王子で若葉姉の最推し。もちろん、身分は王太子で、この学園の権力者。一つ上の学年で、火炎魔法を使うキャラ。


 ——ルドルフ・スヴェルガ王太子。


「ありがとうございます」


 一応、頭を下げる。

 太いものには巻かれろ。

 コイツは権力者だし。


 王子はキラキラの笑みで、金髪を掻き揚げて微笑んだ。


「君には期待してるよ。じゃ、また」


 ——ええと。

 上司かよって発言だな。


 まあ、王子だし、上級生だし。

 上から目線にもなるのかな。


 壇上を降りた僕は、待っててくれたジンと一緒に教室へ向かう。心配して待っててくれたんだなって思うと、コイツって凄く良いやつだよな。顔見るだけで、なんか、ホッとするし。


「けっこう堂々としてたな」

「そう……心臓バクバクしてたんだけどね」

「そうか?」


 ジンが腕を伸ばして僕の胸に手を当てた。手が胸に触れた途端に、恥ずかしさがこみ上げてくる。


 ——なんで、こんな、恥ずかしい?


 向かい合ってるジンが、綺麗な顔に面白そうな笑みを浮かべた。


「本当だ。心拍数すごいな。リューって、上がり症だな」

「……………手、どけて」

「ああ、悪い」


 彼は、すぐに手を退けてくれたんだけど。


 顔が熱い。

 というか、思わず自分の胸に手を当てて俯く。

 ……なんだ、これ。


「リュー?」


 ジンに覗き込まれて、切れ長の青い目と目が合う。

 思わずビクッとしてしまう。


 息が止まりそうになる。


 心臓が——。

 キュゥゥゥッって……。


「おい、大丈夫か、リュー?」


 うわっ、腕を伸ばすな。


「だ、大丈夫! 大丈夫だから、触るな」

「え? あ、ごめん」


 ジンは不思議そうな顔して伸ばした腕を下げた。


 ホッとした。

 なんで、ホッとしてんだろ。


 いや、今朝もこうなった。

 心拍数が上がって、まともにコイツが見られない。


「——ごめん。なんか」

「いや。俺も馴れ馴れしかったな。……大丈夫か?」

「大丈夫……とりあえす、終わったんだし。あとは、クリスタル・ローズ」


 思わず呟いてしまったら、ジンが不思議そうに僕を見る。


「それって、古代魔法の名前だな?」

「え? 古代魔法?」

「そのはずだ。すごく古い神話とかに出てくる」

「……そんなに古いの?」

「創世記に出てくるレベルだな。だから、よく知られてない。古語が読めないと学べないはずだ」

「そうなんだ」


 そうか——。

 なら、僕は、まず古語の習得から始めなきゃいけないのか。


 ジンは、また見透かすように僕を見る。


「古代魔法なんか、なんでお前が知ってるんだ」

「え? あ、いや、どっかで読んだかなって」

「古代魔法をか?」

「魔法だってことは知らなかったよ」


 それが魔王の討伐に必須だって事は知ってたけど。


 ——と。

 教室に戻ったら、あろうことか貴族女子に囲まれてしまった。


 女子ってのも焦げ茶色の制服だけど、ワンピースで肩口が膨らんだ不思議なデザインをしている。


 それにしても、なんなんだろう。


 数人の貴族子女の中から、まず、ズイッと前に出たブルネットの髪に面長の女子が俺を睨めつけた。


「あなた、新入生代表と仰いましたけど」

「あの挨拶がわたくし達のレベルとは、思われたくありませんわね」

「ええ。クライド様は、確か男爵家のご子息ですわね? よくご辞退せずに挨拶をされたものですわ」

「そうですわね。公爵家のミザリア様を押しのけて、壇上へ上がるなど言語道断ですわね」


 ジンが嫌そうに眉根を寄せる。


「クライドが挨拶したのは首席入学だからだろ」

「アイデン様には関係が有りませんわ」

「そうですわ。女性の口論に首を挟むなど、紳士のすることではありません」

「口論? 誰と誰が? 一方的にまくし立ててか?」


 貴族子女の眉が吊り上がった。


「お黙りなさい! いくら辺境伯爵家の息子といえ、貴方は次男ではないですか! 王太子殿下の許嫁であられるミザリア様に意見する気ですの!」

「……君はチェミン公爵の娘さんじゃないだろ? 王太子殿下の許嫁でもない」


 ジンの正論に貴族子女がヒステリックな声で喚いた。


「お黙りなさい!」


 上から目線で喚いてれば、自分の意見が通るとでも思っているんだろうか。ジンの言ってんのは正論だし。せめて人の話くらい聞けよ。そう思ったら、ガラにもなく反論してた。


「あのさ、新入生代表の挨拶は、入学試験の成績で決まってる。それって、どういう事なのか分かってて言ってるのかな? 能力主義ってことだ。生まれがどうの、身分がどうのって、返上してるからマルペーザマルモの国は繁栄してる。能力に応じた役割が与えられてるからだ」


 貴族子女は僕から反論されると思ってなかったようで、目を白黒させてこっちを見てる。


「役割が欲しいなら、能力を示したらいいんじゃないか? それをしないで辞退しろとは、貴婦人っていうのは随分と傲慢なんだね」


 ——ジンが驚いた表情で僕を見つめてる。


 えーと。


 この世界って、やっぱ、爵位が上の人間に反論とかしちゃ不味いのかな……。


「ん、まあ! まあ! あなたは私達に能力がないと判じてるんですの!」

「男爵の息子風情が、私達に意見しようって?」

「これだから、世間の狭い方は——」


 その時、貴族子女たちの言葉を遮る声が聞こえた。


「世間が狭いのは君たちの方だね」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ