胸がキュゥゥッって。
「スミレの花の紫は、僕に春を教えてくれます。寒い冬を乗り越え、新しい季節の到来を教えてくれる小さな花、その香りの中、僕らはソルティソ魔法学園へ入学し——」
無理して春の花を入れた結果、自分的には抽象的で今一つの挨拶になった。だが、イケメン様の言う事には従っとくべきだろう。ゲームには好感度ってのがあるからさ。
僕的には、あの人の好感度はだだ下がりだけど。初対面の人間の耳を噛もうとする変態男は願い下げだ。
「やあ。クライドくん。詩的で、すごく良い挨拶だったよ」
舞台袖に戻った僕を待ってたのは、金髪碧眼、定番王子で若葉姉の最推し。もちろん、身分は王太子で、この学園の権力者。一つ上の学年で、火炎魔法を使うキャラ。
——ルドルフ・スヴェルガ王太子。
「ありがとうございます」
一応、頭を下げる。
太いものには巻かれろ。
コイツは権力者だし。
王子はキラキラの笑みで、金髪を掻き揚げて微笑んだ。
「君には期待してるよ。じゃ、また」
——ええと。
上司かよって発言だな。
まあ、王子だし、上級生だし。
上から目線にもなるのかな。
壇上を降りた僕は、待っててくれたジンと一緒に教室へ向かう。心配して待っててくれたんだなって思うと、コイツって凄く良いやつだよな。顔見るだけで、なんか、ホッとするし。
「けっこう堂々としてたな」
「そう……心臓バクバクしてたんだけどね」
「そうか?」
ジンが腕を伸ばして僕の胸に手を当てた。手が胸に触れた途端に、恥ずかしさがこみ上げてくる。
——なんで、こんな、恥ずかしい?
向かい合ってるジンが、綺麗な顔に面白そうな笑みを浮かべた。
「本当だ。心拍数すごいな。リューって、上がり症だな」
「……………手、どけて」
「ああ、悪い」
彼は、すぐに手を退けてくれたんだけど。
顔が熱い。
というか、思わず自分の胸に手を当てて俯く。
……なんだ、これ。
「リュー?」
ジンに覗き込まれて、切れ長の青い目と目が合う。
思わずビクッとしてしまう。
息が止まりそうになる。
心臓が——。
キュゥゥゥッって……。
「おい、大丈夫か、リュー?」
うわっ、腕を伸ばすな。
「だ、大丈夫! 大丈夫だから、触るな」
「え? あ、ごめん」
ジンは不思議そうな顔して伸ばした腕を下げた。
ホッとした。
なんで、ホッとしてんだろ。
いや、今朝もこうなった。
心拍数が上がって、まともにコイツが見られない。
「——ごめん。なんか」
「いや。俺も馴れ馴れしかったな。……大丈夫か?」
「大丈夫……とりあえす、終わったんだし。あとは、クリスタル・ローズ」
思わず呟いてしまったら、ジンが不思議そうに僕を見る。
「それって、古代魔法の名前だな?」
「え? 古代魔法?」
「そのはずだ。すごく古い神話とかに出てくる」
「……そんなに古いの?」
「創世記に出てくるレベルだな。だから、よく知られてない。古語が読めないと学べないはずだ」
「そうなんだ」
そうか——。
なら、僕は、まず古語の習得から始めなきゃいけないのか。
ジンは、また見透かすように僕を見る。
「古代魔法なんか、なんでお前が知ってるんだ」
「え? あ、いや、どっかで読んだかなって」
「古代魔法をか?」
「魔法だってことは知らなかったよ」
それが魔王の討伐に必須だって事は知ってたけど。
——と。
教室に戻ったら、あろうことか貴族女子に囲まれてしまった。
女子ってのも焦げ茶色の制服だけど、ワンピースで肩口が膨らんだ不思議なデザインをしている。
それにしても、なんなんだろう。
数人の貴族子女の中から、まず、ズイッと前に出たブルネットの髪に面長の女子が俺を睨めつけた。
「あなた、新入生代表と仰いましたけど」
「あの挨拶がわたくし達のレベルとは、思われたくありませんわね」
「ええ。クライド様は、確か男爵家のご子息ですわね? よくご辞退せずに挨拶をされたものですわ」
「そうですわね。公爵家のミザリア様を押しのけて、壇上へ上がるなど言語道断ですわね」
ジンが嫌そうに眉根を寄せる。
「クライドが挨拶したのは首席入学だからだろ」
「アイデン様には関係が有りませんわ」
「そうですわ。女性の口論に首を挟むなど、紳士のすることではありません」
「口論? 誰と誰が? 一方的にまくし立ててか?」
貴族子女の眉が吊り上がった。
「お黙りなさい! いくら辺境伯爵家の息子といえ、貴方は次男ではないですか! 王太子殿下の許嫁であられるミザリア様に意見する気ですの!」
「……君はチェミン公爵の娘さんじゃないだろ? 王太子殿下の許嫁でもない」
ジンの正論に貴族子女がヒステリックな声で喚いた。
「お黙りなさい!」
上から目線で喚いてれば、自分の意見が通るとでも思っているんだろうか。ジンの言ってんのは正論だし。せめて人の話くらい聞けよ。そう思ったら、ガラにもなく反論してた。
「あのさ、新入生代表の挨拶は、入学試験の成績で決まってる。それって、どういう事なのか分かってて言ってるのかな? 能力主義ってことだ。生まれがどうの、身分がどうのって、返上してるからマルペーザマルモの国は繁栄してる。能力に応じた役割が与えられてるからだ」
貴族子女は僕から反論されると思ってなかったようで、目を白黒させてこっちを見てる。
「役割が欲しいなら、能力を示したらいいんじゃないか? それをしないで辞退しろとは、貴婦人っていうのは随分と傲慢なんだね」
——ジンが驚いた表情で僕を見つめてる。
えーと。
この世界って、やっぱ、爵位が上の人間に反論とかしちゃ不味いのかな……。
「ん、まあ! まあ! あなたは私達に能力がないと判じてるんですの!」
「男爵の息子風情が、私達に意見しようって?」
「これだから、世間の狭い方は——」
その時、貴族子女たちの言葉を遮る声が聞こえた。
「世間が狭いのは君たちの方だね」