宝探し 1
答えが出たんだから、返してもらえるんだろうと思ってたら——。
ベッドに起き上がった魔王はニーッと唇を歪めた。
「? なに?」
『やっと目覚めて、久方に会ったんだからな。もう少し遊んでけ』
「は? 遊ぶって何だよ」
長い指を伸ばして、僕の顎に軽く触れた魔王がゆっくり首を傾げる。
『ローズは俺の宝なんだぞ。出会った時から、ずっと変わらない。あの若造には宝探しをしてもらう』
「若造って……」
『俺から盗んでくんだからな。それなりの覚悟を見せてもらわねぇと、納得できないだろうが』
魔王は両腕を伸ばして、僕の脇に差し込み体を持ち上げた。触れている感触はあるんだが、彼の腕は透けたままで、僕の体を支えてるのは魔法なんだって理解した。
「な、何する気なんだよ」
『隠れんぼだな』
「はぁ?」
『さて、アイツにお前が見つけられるかな?』
面白そうに笑ったニグレータは、ふいに顔を近づけて唇を寄せた。実体がないはずなのに、その口づけは痺れるような感覚を伴っていて僕を困惑させる。
唇を離した魔王は甘く微笑んだ。
『宝物は迷宮の奥だな』
赤い瞳に光が散ると——僕の意識はふっと途切れた。
気づいた時は、そこが何処なのか分からなかった。
寝かされてるベッドから飛び起きて、扉も窓も確認したけど中からは開かない。
「フザけてるよな」
たぶん、城の内部にあった客室のどれか——なんだろうけど。あのグルグルと同じ場所を回ってる気がする城内で、この部屋をジンに見つけさせるって言ってんだよな。
——というか、ジン、ここへ来られるのか?
窓の外は雲海だ。天空の城ってヤツだぞ。
ジンなら闇魔法を駆使すれば飛べるかもしれないが、到達地点がわかんないだろ。
たとえ場所の見当がついても——。
こんな場所まで飛んだら、気圧の変化にやられるかもしれないし、魔力切れとかで落下でもしたら。
嫌な想像を振り払うべく、ブンブンと頭を振った。
僕は窓にへばりついて、一面に広がってる雲を見つめる。
アイツに無理させるのは嫌だ。
嫌だけど——どうすればいいか分からない。
踵を返して部屋の内部を彷徨いて、ハタっと鏡の中の自分と目があった。
「……っていうか、僕は今、柏木裕翔の姿じゃん?」
黒髪、黒目、魔王はキュートだとかホザイてたけど、アンドリューとは似ても似つかない、凡庸な僕が写ってる。思わず鏡に近寄って息をついた。
この姿を見て、どう思うんだろう。
いや、その前に——ジンに僕が分かるんだろうか?
「いや、きっと、分かるよな。ソルティソの制服着てるんだし」
——けど、もし。
ジンに分かって貰えなかったら?
「………」
恋人だって——思ってるけど。
僕だけの気持ちじゃダメだよな。
「意地が悪いな」
魔王の試みの意味を理解して、ヘロヘロと床に座り込む。
見た目なんか、見た目だって思ってもさ。
ジンはアンドリューの僕しか見たことがない。
あれ——僕は?
僕は……ジンの容姿が変わっても見つけられるだろうか。
ジンの容姿は、ものすごく好みで、綺麗で、格好いいけど。
違ってたら?
「この試みって、ジンにだけなのか?」
へたり込んだ床で真剣に考える。
考えたけど——。
「いや。僕は分かるだろ」
分からないわけがない。
どんだけ個性的な顔になってても、いっそ獣になってても。
それがジンなら——絶対に分かる。
妙な確信を持って、そう納得する。
なら、見つけられるのを待つしかない。
魔王のことだ、ジンをここへ呼ぶ手立てはあるんだろうし、辿り着く前に死なせたりしないはずだ。それは約束を破る行為になるから。
彼が約束を破ったら、僕も約束を守らない。
何度も生まれ変わって、何度も会おうっていう——気の遠くなるような約束を反故にできる。
そもそも種が違うんだしな。
無謀な試みだ。
それを可能にしてるのは、約束だけだ。
僕は右腕のリングを左手で握る。
魔王の影響力が強すぎて、この空間で魔法は使えない。
——たぶん。
それでもさ、思いっていうのは流れるし、伝わるだろ。
「……以心伝心ってね。僕もたいがい古風だな」
目を閉じて、ジンが迷わないように——心の中で彼だけを呼ぶ。
こっちに来いよ、迷うなよ、って。




