廟内部(ジン)
建物の中は暗くて湿ってて、静かだった。マルグランダ王子が魔法で作った明かりが、ぼんやりと足元を照らしてる。
「階段、滑るから気をつけてね」
「……ここ、普段は閉め切りなんですか?」
「そうだよ。中に入るのは、うーん。いつ以来なんだろ」
王太子が後ろの方から教えてくれた。
「お前が入るのは初めてだろ? 王族でも滅多に中までは入らない。最後に慰霊祭が行われたのが、たぶん、五十年くらい前だよ」
ベーダ先輩が感慨深そうな声を出す。
「まさか、実際に入れる日が来るとは思ってませんでしたね。内部の構造は書物で何度も見てるんですけど」
アルゲント先輩が茶化すように笑った。
「人の墓の内部なんか、よく調べるよな。墓荒らしみたいで嫌な気分にならんのか?」
「何を言ってるんですか。歴史的建造物ですからね? 荒らす気なんか毛頭ない。ここは我がマルペーザマルモの国祖であらせられるローズ妃が眠る場所なんですよ?」
「あーあー。お前にそういう話を振った俺が悪かった。拳まで作って力説すんな」
「アルが気楽過ぎるんでしょう。僕はさっきから、興奮が収まらないくらいです。五十年の月日、この場所は閉じられ、光が差すこともなく、時が止まったように眠ってたんだと考えると——」
「——と?」
「ゾクゾクしてきます」
「変態だな」
「!? 放っておいて下さい!」
俺はベーダ先輩の気持ちが少しだけ分かった。
そのくらい、この場所から不思議な力を感じる。
ずっと、暗闇の中、光も風も通らない。
外界から遮断された場所。
——眠り、そのもののような場所だ。
「はいはい。人の眠りを妨げたくないなら、騒がないで欲しいな。まあ、ローズは眠ってないけどね」
「眠ってない?」
ベーダ先輩の困惑した質問に、ププラ先生が苦笑まじりに答えた。
「この墓はローズが作った通用口。グランがそう言っただろ? 彼女の遺体はマルペーザに帰って来なかったし、本来の墓は魔王の側に作られてるよ。それに、彼女の魂は一つ所に留まるようなものではないしね」
ミザリーが、不思議そうに淡い光に照らされた岩の壁を見る。
「通用口、ですか? ですが、鍵が外せるのはグラン殿下だけだと、先生はそうおっしゃいましたね?」
「そうだね。ここの魔法を使えるのは聖魔法使いだけだからさ」
「そうなのですか」
「そう」
マルグランダ王子が足を止めた場所は、天井も高く、拓けていて全員が入っても余裕のある広さが確保されていた。
「ここが、儀礼に使われる場所だよ」
王子は指を弾き直して明かりを強める。
ベーダ先輩が感嘆の声を上げた。
「すご…い…ですね」
「ええ、すごい。私も、こんな場所が王家の庭に立って居るとは思いませんでした」
ミザリーも息を詰めてる。
その場所は床に精巧な魔法陣が刻まれ、壁や天井にも所狭しと古代語の呪文が刻まれていた。
「さてと、ここを通れるのは一人だけ。リューと精神的な繋がりが強いジンに行ってもらう。で、ここの魔法を発動させるには僕の魔力だけじゃ足りないから、皆んなにも手伝ってもらいたい」
マルグランダ王子は、魔法の明かりに揺れる薄茶の目で俺をジッと見つめた。
「もう一つ。とっても重要なことがあってね。ここに戻る道しるべは、僕たちとジンの絆だけになる。ジンが僕らを信じて頼ってくれないと、君もリューも帰り道を見失ってしまう」
王子は俺に向かって白い手を差し出した。
「信じてくれるかな?」
俺は彼の白い手をジッと見つめた。
生徒会に入って、討伐メンバーに加わって、いっときは魔法ペアを組んだ相手だ。笑みを絶やさない王子は、その笑顔の下で周りを観察し、冷静に状況を判断する人物であることも、他人を思いやる暖かい気持ちの持ち主だってことも、俺はもう知ってる。
「無論です。あなた方以上に心強い道しるべはない」
差し出された手を強く握ると、王子は擽ったそうに笑った。
「やー。ジンにそういう事を言われると、なんか照れるよねー」
ふわっと暖かいものが王子から流れ込んで来る。自分がガチガチに緊張してた事に気付いて、ちょっと苦笑が浮かんできた。
「よし、じゃあ、準備しようか」
王子の指示で、メンバーの一人一人と握手を交わし、俺は魔法円の真ん中に立った。