答え
白い小さいのに案内されながら、魔王の城を歩いても——。
「ねえ、ここってさっきも通った?」
城の内部は迷宮のように位入り組んでて、グルグルと同じ場所を迷ってる気がした。延々と続く廊下、その両側の扉、扉を開いても似たような装飾の客室めいた部屋があるだけ。
僕の問いに答えるように、白いのはチカッと幾度が光った。
何周かしたけど、結局は魔王が眠る部屋に戻る。
この城には魔王と白いのしか居ないし。
窓の外に手を伸ばして靄に触れて見たけど、ヒンヤリ冷たいだけだったし。
魔王は眠り続けてるし。
——いったい、僕を連れてきてどうする気なんだが。
巡り疲れて魔王の部屋に戻り、ソファーの上に胡座をかく。
見て回って考えても、ここを抜け出す方法は分からない。
外へ続く出口がないし、バルコニーやベランダのような物もない。
城の内部はいつでもほの明るくて、窓の外も暮れる様子がない。
ぼんやりと薄明るいまま、まるで時の流れを感じない。
まどろみのような空間。
こんな所に長く居たら気が違って気そうだよな。
しかも——。
「考えなくていい事ばっかり、考えるよなー」
例えば、僕が消えた世界。
姉はあの後もゲームを続けてたけど、家族は僕が居なくなってる事に気づくのかな…とか。
存在ごと無かった事になるのかな。
それとも失踪したってことになるのかな。
人生ってなんだろうか——。
僕の生きてた十六年間。
アンドリューの過ごした十六年間。
何千年も前のローズの人生。
どれも、これも、魔王の指先一つで変化させられ、溶け出して混ざり合ってる。
魔王の用意した鏡を見れば、そこには僕がいる。
黒髪に黒目の、柏木裕翔。
違和感は全くない。
それが僕だと思う。
——なら、赤毛の金髪で緑の目をしたアンドリューは?
マルペーザマルモで過ごした半年あまりは?
城だけじゃない。
僕の思考もグルグルと迷宮のようだ。
「ヤバイなぁ。こんなん、気が滅入る」
鏡を覗くのをやめて、ふかふかの絨毯に座り込んで膝を抱える。
こういうの、なんていうんだっけ?
事象の地平っていうんだっけ?
明快な答えのない疑問。
考え続けても確認しようもない現象。
なんか、そういうの。
「……ジン」
彼に触れたいと切実に思った。
曖昧で、不確かで、所在ない世界で、僕は固く目を閉じる。
ジンの体温を思い出す。
彼の匂いや、僕の名前を呼ぶ声も。
ああ、そうだなって。
ジンは僕の錨みたいな存在なんだなって。
流れて溶けて消えいきそうな僕を、世界に引き止めて繋いでる。
彼といれば温もりを思い出す。
自分が存在してる事を強く感じられる。
——世界が色を取り戻す。
そう思った途端、何か笑いが込み上げてきた。
「はは、ははははははは」
白い小さいのが不安気に僕の周りに集まってくる。
「なんだー」
込み上げてくる笑いの中で、僕はハッキリ自覚した。
白いちっさいのに、手を伸ばす。
「ごめんね、ここに居られない」
帰らなきゃな。
ジンの居る所へ。
立ち上がって眠る魔王に近寄ってく。
半透明の体に腕を伸ばすと、彼はパッチリ目を開いた。
宝石のような赤い瞳が僕をジッと見上げる。
「答えが出たみたいだ」
僕が笑うと、彼は大きくため息をついてベッドの上に起き上がった。
『もう少し時間かけろよ』
「でも、出ちゃったんだよ」
不服そうに顔を顰めた魔王は、ハーッと息をつく。
『またか?』
寂しそうに首を傾げる様子に、少しだけ胸が痛む。
まあ、仕方ないな。
「また、だね」
『もっと迷ってれば良いものを——連れてくるんじゃなかったか?』
僕は首を振った。
「僕には、もう、恋人がいる」
彼は首の後ろに手を当てて、深い溜息の後に聞いた。
『お前は何者で、あの若い男と情を交わして居るのは何者だ?』
僕は暖かい気持ちが湧いてくるのを感じながら、ニグレータの問いに答えた。
「僕はクリスタル・ローズで、ジンを愛してるのもクリスタル・ローズ」
『あー』
「ごめんね、ニグ」
頭を抱えた魔王は、恨めしそうに髪の間から僕を見上げた。
『仕方ない。約束は約束だ。なんで、お前はそうなんだよ。出会うたびに違う奴を愛してる』
彼は……そのまま、ふっと笑う。
『いや。そうだよな。ローズは愛さないでいられない奴だ。分かってるよ。次こそ、間に合うように起きるさ』
ニグレータは苦笑して、僕と微笑みを交わす。
そうなんだな。
クリスタル・ローズを発動させる呪文。
——愛してる。
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