魔王の約束(ジン)
マルグランダ王子の部屋に入ってすぐ、王子は俺にシャツを投げて来た。
「僕ので悪いけど着てよ。半裸ってのは目の毒だからさ」
「!?」
カッと頭に血が上ってくる。
そうだった。俺は上を脱いで、裕翔を押し倒してたんだった。
慌ててシャツを羽織る俺を、マルグランだ王子は面白そうに見る。
「そうなるように仕向けてるんだから、文句なんかないんだけどさ。ええと、二人は、そうなったの?」
答えに詰まって首を振ると、王子は小さく頷いた。
「うん。それでいいと思う。まあ、座って」
「……いいのか? そうならないと、裕翔は魔王の所へやられるんだろ?」
王子は珍しく言葉を探してるみたいに目を泳がせた。
「うーん。これって、僕の私見ってことになるんだけどね。体の関係になったら恋人って——違うよね? そういうのが気持ちに影響するのは分かるけど、それだけじゃないでしょ。ジンは何でリューと関係を持とうと思った?」
——なんで。
「……そう、なりたいと思ったからだ」
「うん。なんでそうなりたかったの? 不安だからじゃない?」
俺が顔を上げると、マルグランダ王子は綺麗な顔に笑みを浮かべる。
「僕だってね、人を好きになった事くらいあるんだよ?」
「確かに、不安は——いつもある」
「そうだよね。でもね、そこ、突き抜けるのが恋人」
「……突き抜ける?」
王子は丁寧な装飾を施されたソファーの上に足を乗せて丸くなり、膝の腕に顎を乗せた。
「なんていうんだろうなー。不安ってのは消えないんだよ。触れ合ってても、言葉を聞いても、相手が笑ってくれてもね。いつか、とか、もし、とか、まあー嫌な想像はグルグル回るよね。そのグルグルごと、突き抜けてくんだよねー」
マルグランダ王子が、少し寂しそうな目で微笑む。その幼い表情に胸が騒ついた。
「殿下は——」
「うん。もう、叶わないんだよね。僕の場合」
彼は溜息に似た声を出した。
「なんたって、相手がすでに居ないからね」
「……そう…なんですか?」
「殉職しちゃったんだ。まあ、そんな感じでね。僕も恋をしたことはあるし、短い期間ではあっても恋人がいたんだよ」
俺が戸惑って目線を下げると、彼は足を床に降ろして続けた。
「だからさ。君たちが心配なの。政治利用じゃないって言い切れないし、実際、君たちの関係は国を左右するんだけどさ。そんなの棚上げしても、上手くいって欲しって思うんだ。僕はこれでも二人を気に入ってるしね」
……。
「で、恋人が亡くなった時、調べたんだよ。何かしてないと自分が保てなかったからさ。蘇生魔法、時間逆行、召喚魔法、違う器に彼の魂だけでも呼び戻せないだろうか、とかね。まあ、どれも実行はしなかったよ。僕は彼を愛してるからね。彼が嘆くだろうことは一つもできない」
マルグランダ王子は俺をジッと見つめる。
「君とリューの強いところはね、お互いを想う以外のことがないこと。ニグレータっていう存在は、変化自由のエネルギーの塊みたいなものでね。次元も世代も越えようと思えば超えられる。だからこそ、彼には約束が重要でさ。約束が彼を縛る。そうでないと自在すぎて自我すら保てなくなる」
俺が黙ってると、王子は軽く顎を上げて目を細めた。
「君とリューには約束がないだろ? 言い換えれば、約束なんかいらないってことだからね」
——いらない。
そうなのかもしれない。
「僕の言いたいこと、伝わってるかな?」
「……たぶん」
「うん。魔王ニグレータがローズとの約束を反故にしかねない、ギリギリをついてきたって事はね。それだけ二人の関係は脅威だってこと。自信持っていいと思う。魔王に試されてるんだよ」
……試すって。
ムカムカっと腹が立ってくる。
「おや、いい顔になってるね」
「殿下。裕翔を、リューを取り戻す方法は?」
「君を魔王の城へ送ることはできるんだけど、取り戻すのは君の仕事だな。その場所では魔法も使えないし、すっごく危険だけど」
「他に方法がないなら、俺を送って下さい」
殿下はニッと悪戯そうに笑った。
「オーケー。皆んなを呼んで、奪還に向けて準備しようか」
「皆んな、ですか?」
「君を送るの、僕一人じゃ無理なんだよ。こっちは、こっちで繋がりが必要なんでね。絆っていうの? そういうのが、命綱になるからさ」
——命綱かぁ。
なんか不安になる言葉だな。




