魔王の城 1
目を覚ますと半分透けた魔王が、僕のすぐ隣に横たわって目を閉じていた。
人間離れした顔をしてるんだけど、決して醜くはない。高い鼻も大きな口も、今は閉じてる大きめの吊り目も、バランスよく配置されてて、美貌の持ち主といえるんだろう。
角ってういうのは眠るのに邪魔じゃないのかと思ってたけど、半分透けてるからよく分からない。
たっぷりの長い癖のある髪の毛も、艶があって美しい。何千年も生きているようには見えないけど、その大半をこうして眠って過ごすなら、そういうものなのかもしれない。
寿命も長いらしいから、時間の流れ方が違うのか……。
起こさないようにベッドを出て、もう一度だけ窓を覗くと、やっぱりそこは雲しか見えない。僕は日本人で、雲が水蒸気の塊だって知ってるから、靄のように見えるのが雲で、気圧の状態で滞留してるとか、なんか、そう理解してしまうけど——。
「絵本みたいだよな」
ほら、豆を植えたら雲の上まで登れるヤツ。
ここには豆の木はないし、どうやって地上に戻ればいいのか分からないけど。
「参ったな」
無意識に頭の後ろに手をやると、右手でジンのくれた腕輪が揺れた。
——ジン。大丈夫だったかな。
胸がチクッと痛む。
怪我はしてないと思うけど。
たぶん、一番始めのローズの夢を見てたからか、ニグレータと呼ばれる魔王に恐怖や反感を持つことはない。彼女は本当に魔王を愛してたみたいだ。
そして、僕は僕の中にローズが存在することにも気づいた。
それはアンドリューが存在してるのと一緒で、意識の上にのぼらないんだけど、一緒に居るのは分かる。僕っていうのは、僕であるけど、僕だけじゃない。変な感覚だ。
横たわるニグレータは、ピクリとも動かない。
仕方なくソファーに座って、戻る当てのない地上を思う。
「下は雲だし……ここから出たら、真っ逆さまに落ちるのかな? というか、落ちた先がマルペーザマルモとは、限らないんだよな」
白いちっちゃいのが、パタパタ羽を動かしながら、僕の前にフルーツを運んでくる。喋ることはないし、小さすぎて全容が把握できないけど、この小さいのは妖精——とかなのかな。
「魔王を倒してゲームクリアの、はず、だったんだけどな」
ゲーム……とは、一概に言えないみたいだし。
僕を召喚したのが魔王じゃあ、倒しても意味ないのかな。
というか、倒せそうもないけど。
だって、魔王の存在がマルペーザマルモの強い魔力を生み出してんだろ?
居なくなられたら困るんじゃないのかな。
姉貴が騒いでた特典プレイって——本編とシナリオ違うとか。
ほら、完全クリアすると主要キャラの別ストリーとか、その後のストリーとか、チートな二周目とか、いろいろパターンあるし。
まあ、あくまでゲームならだしな。
ゲームじゃないなら、クリアって状態は存在しないんだろうか。
クリアがないなら、僕はここで魔王と暮らして死んでくってことか?
この先の寿命が尽きるまで?
コイツと?
「……嫌だな」
……うん。
コイツがどうのこうのじゃない。
このまま、ジンに会えなくなるのが嫌だ。
僕は右腕をリングごと掴んで目を閉じた。
繋がっていたいって、ジンは言ってくれたんだし。
胸の奥に熱いものが広がってく。
考えよう——。
とにかく、ここを出る方法を考えなきゃな。
ジンの青い瞳を思い出すと、綺麗な笑顔を浮かんでくる。
胸が焦げたように苦しくなってく。
会いたいなぁ。
本当に、ただ会って、笑いあえたらいい。
君の無事が確かめたい。
僕が攫われたことを、自分のせいだと思ってないといいけど。
ジンはすぐに自分を責めるんだから。
彼を安心させる為にも——戻らないと。
「ねえ、君たちはここの住人? 魔王は寝てるけど、城を案内してもらっちゃダメ?」
白いちっちゃいの問いかけると、数匹のソレが協議でもしているかのように集まった。しばらくして、中の一匹が僕の顔の前で羽ばたいて、扉の方へ移動してく。
「ついておいでって?」
僕が立ち上がると、他の小さいのは側に寄って僕を取り巻き、促すように扉の方へ飛んで行く。
——案内してくれる気なんだな。
良かった。
まずは自分の居る場所を把握しないと、脱出の方法も思いつかないもんな。
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