攫われた(ジン)
壁が吹き飛んだ部屋で、俺は軽いパニックを起こしてた。
「……ゆ、裕翔、ゆうと!」
ドアを蹴破ったスパイクさんが走り込んで来て、俺を後ろから捕まえた。
「ジン! 落ちる、落ち着け」
「ゆ、裕翔が連れてかれた。魔王? あれ、魔王か?」
「魔王? ちょ、待って下さい。まだ復活してないでしょ?」
俺はスパイクさんの襟首を掴んで喚いた。スパイクさんが、捕まえていた俺の肩に力を入れる。スパイクさんは、いつもの顔ではなく、険しい表情そしていた。切れ長の目をハッキリと開いて、眉間にしわを寄せ俺の目を睨みつけてる。
「あんたが慌ててどうすんですか。深呼吸しなさい」
「連れてかれたんだぞ、連れてかれた! 助けに行かないと!」
「落ち着けって、ジン・アイデン!」
腕を振り払って飛び出そうとして、スパイクさんに顔を叩かれた。
「そっから飛び降りたら、あんたが怪我する! ここを何階だと思ってんだ! 一般の寄宿舎じゃないんだぞ? ここは二階だ」
体の力が抜けてく。遮る物が無くなった部屋に、風が吹き込んで来た。俺は無くなった壁の外を見つめてしまう。粉塵に巻かれてたからハッキリと見えたわけじゃない。けど——。
「アイツ、裕翔を抱えて飛んで行った。翼があった。裕翔を捕まえる腕があった。実体が——あったんだ」
——ただの影じゃない。
蹴破られたドアの向こうから、溜息に似た声が聞こえた。
「派手なことするなぁ」
そこに立ってたのは、マルグランダ王子だった。
甘い金髪の巻き毛を掻き上げ、淡い薄茶の瞳を軽く細めてる。
「ジン。スパイクの言う通りだよ。少し落ち着いてくれないか。何があったのか教えてよ。……ニグレータが連れ去ったなら、リューに危険は少ない。アイツはローズを傷つけない」
「ニグ?」
「ニグレータ。魔王の名前だ。情報の交換しよう。僕は王家の秘話を教える。君は、その目で見た事を教えて」
俺に近寄ってきたグランは、いつもの微笑みも、愛想の良い口調も使わない。冷えたような目で部屋の惨状と俺を見つめる。
「僕の部屋に来て」
その冷えた目が、俺に自制心を取り戻させた。
そうだ、一人で騒いだところで裕翔を取り戻す事はできない。考えなきゃならない。裕翔を取り戻す手段、その方法を——。
「……すみません。取り乱して」
俺が息をついてスパイクさんを見上げると、彼は小さく息をついてから頷いてくれた。
「いいっすよ。ジンさんは、目の前で恋人を連れてかれたんです。慌てるのは当たり前です」
——恋人。
自信なく頷く俺にマルグランダ王子が手招きする。
「ほら、行くよ。スパイクさん、申し訳ありませんが、この部屋を頼んでいいですか?」
「お任せ下さい」
並んで歩き出した俺に、マルグランダ王子が微笑みを浮かべた。
「僕は王家の秘話を話すって言ったけど、ベーダから聞いてるよね。新しい情報はないと思う。それでも、聞くかい?」
「はい。殿下はププラの弟子で、聖魔法使いだ。ベーダ先輩とは、違う視点があるでしょうから」
「はは、そうだね。うん。落ち着いて来たね」
「……助かりました」
「貸し一つだからね」
王子は安心させるように俺の背中を軽く叩く。
「ニグレーダだけど、実体を持つのが早すぎる。たぶん、完全じゃないと思う。それでもリューを攫っていったなら、君のそばに置いときたくなかったって事かな」
「……どこへ連れていったか分かりますか?」
「まあ、順当ならアイツの城だな」
「魔山ですか?」
「違う」
王子は部屋の前に立って足を止めた。
「ジン。君はリューの為に自分を投げ出せる?」
俺が質問に困惑してると——。
「そういう覚悟がいる場所なんだよね。ま、取り敢えずは状況の整理しよう。入って」
そう言って自室のドアを開いた。




