お迎え
ジンと抱きしめ合いながら我に返ってしまって——。
僕は何をしてんだっていう突っ込みが心の中に湧き上がった。
……いや。
気持ちを確かめ合うのは嬉しいことなんだが。
「えっと、暗く…なって来たね。ランプをつけようか」
「ん? ああ」
少し離れないと、心臓が——。
とか、思ってんのに、なんでだ?
ジンは僕の手を掴んだまま歩き出して、掴んだままでランプに火を灯す。
「ジン」
「なに?」
「……なんで手を掴んだままなのかな?」
「逃げないように」
「は?」
少し拗ねたように唇を突き出したジンは、僕を覗き込んで言う。
「この数日、お前に避けられて、結構しんどかったんだ」
「いや、だから、避けてはいない」
「近寄れば一歩下がるし、手を伸ばせばもう一歩下がったろ」
「パーソナルスペースって、ジンが言ったんじゃないか」
彼はズイッと顔を近づけた。
だから、息がかかるってばさ。
「俺は言ったよな? お前の距離は家族や恋人の距離だろって」
「そうだよ。だから……」
「お前、俺を何だと思ってんの?」
「何って」
「恋人じゃないのか?」
——え?
「裕翔は俺を好きだって言ったよな? 俺もお前に好きだって言った。それは恋愛的な意味じゃないわけか?」
「……いや。恋愛的な意味だけど」
「で? 好き合ってる俺らは何なわけ?」
「ええっと。ごめ、考えてなかった」
「じゃあ、考えろよ」
掴んでない方の手で、ジンは僕の顎を掴んで自分の方に向けた。
「魔王とか、クリスタル・ローズとか、聞いた話だの、詩篇の記述だの、出て来る情報が多すぎて何が本当なのか俺にも分からない。けど、ひとつだけ分かる」
長い睫毛が軽く瞬く。
「俺はお前を誰かに連れて行かれるのは嫌だってこと。それが、魔王だろうが、お前の元の世界だろうが、関係ない。その為に……俺はお前と繋がってないといけない」
——繋がる。
「だから、俺を恋人にしろ」
ええと。
なんか、頭が真っ白なんだが。
「恋人って——」
ジンは僕を抱き上げると、そのままベッドに放り投げた。
「へぁ? ま、待て、待て、ジン!」
ランプの灯りに揺れて、ジンの表情が変化してく。
「嫌だって?」
「い、嫌じゃない。嫌ではない。でも、性急なのは良くないだろ? ジンにだって、心の準備的な」
「俺はとっくに覚悟してる」
「……え。あー。待って。待て、いきなり脱ぐな! 人が入って来たらどうすんだ!」
「部屋に戻った時、鍵は閉めた」
「ジン!」
「覚悟してるって言ったろ」
こんなのは、僕の理性が持たないだろ。
先に感情の整理をさせろって——。
「あー! もう!」
剣の訓練で引き締まったジンの上半身を仰向けで見ながら、僕は跳ねるように起き上がる。その僕の肩をジンが両手でベッドに突き飛ばし返して僕に跨って——。
——と。
激しい爆音が響いて窓際の壁がぶっ飛んだ。細かな破片が飛び散って、辺りを白煙が立ち込める。白煙の中に黒い影が浮かんだと思ったら、大きな手が僕の腕を掴んで引っ張った。
『若いというのは羨ましいことだな。待てが効かない。だが、我が妻を力づくとは頂けないな』
——魔王。
強い力に引っ張られ、軽々と持ち上げられた僕は、気づけば魔王の腕の中に横抱きにされている。ジンが跳ねるようにベッドを飛び降りて剣を掴むと魔王に向かって振り上げた。
「お前の妻じゃない! 離せ!」
『おい。刃物を向けるな。ローズを傷つける気か』
「ソイツはローズじゃない!」
魔王は嘲笑うように口を歪めると、長い指を軽く弾いた。収まっていた白煙が吹き上がって、ジンの体を煙に巻いて行く。
『小僧。王家の魔法使いに伝えろ。古き聖魔法使いは私が連れて行く。古よりの約束だ。この土地には魔力が溢れ、国は繁栄へと導かれる。歓喜しろ、人間、とな』
そのまま、床を蹴った魔王は暮れ始めた空を飛んだ。
知らなかった。
コイツって翼まで持ってるんだな。
夜風に吹き付けられながら、自分の体を支えている腕が暖かいことに気づく。
「……実体化したんだな」
『まだだ』
聞こえるとは思っていなかったから、返事が聞こえて少し驚いた。
『この体は仮の器だ。魔力で保ってるに過ぎない』
「え? でも、だって。実体化するまでに答えを決めとけって」
『気が変わった』
「は? いや、ローズとの約束は?」
魔王は切れ長の目を僕に向けて、宝石のような赤い瞳で嗤った。
『ここ何千年か、ローズはいつだって私の腕を逃れてる。何百年も眠って、やっと会えたと思っても、くだらない人間に邪魔される。いいか、俺がローズと過ごせるのは、長い、長い眠りの合間に、ほんの一瞬だ。たまには先に手を出させてもらうさ』
——いや、それ、何も僕の時でなくていいだろ。
「けど、約束したんだろ!」
『約束を破ってはいないぞ。お前は結婚もしてなきゃ、恋人もいない』
「い……いないわけじゃない!」
『なるほど。あの若いのは、確かにお前の恋人候補だが、未満だな。恋人とは言い難い』
「どこで決めてんだ、それ!」
魔王は面白そうに笑った。
『クククッ。久しぶりだな。ローズ。お前らしくて笑えてきた。そうやって、喚いてろ。懐かしい』
「ちっとも面白くない」
抱きしめた腕に力を入れて、魔王は僕の頭に顔をつけた。
『面白いさ。お前だけだ。私を一つも恐れないで文句を言うのはな』
愛情に満ちた声色に戸惑う。
僕は——知ってる。
この声を聞いた事がある。