擦り合わせ
僕がボンヤリと窓の外を見ていたら、部屋に帰って来たジンが隣りに立った。
「お帰り」
「ああ。ププラ先生の話は、どうだった?」
「なんて言うのか、凄く意外な話しだったよ」
ジンは少し目を伏せて、息を吐いてから言った。
「俺はベーダ先輩と話してた。俺の聞いた話も意外過ぎたよ」
「ベーダ先輩と?」
「そう。魔王とローズの恋の話だ」
ああ。
それ、僕もププラ先生に聞いた。
「そう。なら、二人は僕らに同時に話そうって決めてたんだね」
ジンは息を吸い込んでから、僕に向かって聞いた。
「裕翔。聞きたかったんだけど、お前、俺を避けてるか?」
「え? ……いや、避けてるつもりは無いけど」
「……俺を好きでは無くなった?」
寂しそうな口調に思わず彼の顔を見る。青い瞳が問いかけるように僕を見つめてた。
「そんなわけないだろ」
「なら、最近の態度は?」
いたたまれない気がして窓に目を向けた。僕より少し背の高いジンは、覗くように僕を見てる。
「君が距離感の話をした時、そうだなって思ったんだよ。僕は少し人との距離が近かったなって。それだけだよ」
「俺との距離もなんだな」
「……だって、ジンは僕のルームメイトだし。家族ではないんだし」
いや、そんなの、言い訳だ。
思わずため息をついた。
「ごめん。……違う。嫉妬してた」
「嫉妬?」
ジンは不思議そうに僕を見る。
「そうだよ。僕はアンドリューに妬いてるんだよ」
「……え?」
ジンは戸惑った声を出した。そりゃ、まあ、そうだよね。
「この体はさ、アンドリューのだろ。僕の体じゃ無い。ジンはアンドリューの容姿が気に入ってるでしょ」
「ええと。容姿、見た目ってことか?」
「そうだよ。赤毛の混ざった金髪で、淡い緑の大きな目で、男にしては可愛い顔してるだろ?」
「……うん」
彼の顔を見上げて、卑屈にはならないように笑うのが大変だ。
「僕の容姿とは違う。僕はさ、もっと、凡庸な容姿なんだよ。髪だって、目だって、本当は黒いし、アジア人だからノッペリしてる。格好良くもなければ、可愛くもない。体つきだって、本当はもっとガリでチビ。君が好きになるような容姿をしてないんだよ」
元の自分を貶してるツモリはないんだけど、自分を下げた発言に聞こえるんだろうな。
「君の手が触れてる髪も、触れる唇も、見つめ合ったりしてる目も——アンドリューの体だよ。僕のじゃない」
「いや、そう言ったって」
「分かってる。ここに居る僕は、アンドリューの容姿を借りた僕なんだし、他に体はないんだし。どうしようもない事だって分かってるんだけど」
息が苦しくて、喘ぐように呼吸する。
ああ、そうかって。
僕は——理不尽な状況に、けっこう怒ってたんだなって。
「裕翔。それは俺を侮ってるよな」
ジンは強い口調で言った。
「俺はお前の容姿だけに惹かれたりしてない。好みか、好みじゃないのかって聞かれれば、好みだよ。けど、裕翔だから好みなんだ。それとも、お前、俺の見た目が違ったら好意を持たないって言ってるのか?」
——ジンの見た目が違ったら?
顔を上げると、ジンは僕を軽く睨みつけてた。
「俺はアンドリューには好感を持ってなかった。あのな、裕翔。俺は全く知らない場所に放り込まれて、不安になりながらでも、なんとかしようって考えて、努力してるお前に惹かれたんだ」
なんども瞬きしながら、ジンは言葉を選んで続ける。
「正直に言って、本当はお前が言うのが事実か空想かも関係ないよ。お前が見てるのはそういう世界だってだけだ。起こることから逃げないで、投げ出さないで、お前にとったら馴染みのない世界の奴らに、ちゃんと心を寄せる事ができる。お前は、自分がどれだけ優しいか知らない」
ふーっと息を吐いたジンは、僕の頬を摘んで力一杯に引っ張った。
「ジ……いりゃいらろ。はなしぇ」
「俺の好きになった奴を悪く言ってんじゃねぇよ」
「りゃ、そうりゃなく」
「そうなんだよ。その体、裕翔が使ってなかったら、そんなに魅力的に見えないんだよ。それに、お前、今、痛いだろ?」
「いりゃい」
パッと手を離したジンは、僕の頬を撫でながら溜息をつく。
「痛いんだよ。お前がどんだけ否定したって、その体はお前の体だ。お前が裕翔でも、アンドリューでも、関係ない」
ププラの言葉が頭に浮かんで来る。
——戻れるかって問われたら、分からないって答えるしかないな。なんで飛ばされて来たのか分からないからね。まあ、僕は十年たってもここに居る。それでね、すでにププラは僕で、直樹も僕だ。不可分だよ。混ざり合って、僕になってる。ここにいるのが僕。それだけで、それ以上でも以下でもない。
「だから、俺や周りの人間を避けるなよ。自分に向けられてる好意を、ちゃんと受け取れ。それは、お前に向けられた好意なんだからさ」
胸の奥からジワっと何かがせり上がって、鼻の奥がツンとする。
——今を生きるしかないんだよ、リュー。僕たちにできるのは、それだけだ。
「本当の姿は違ってても?」
「本当も嘘もないだろ。お前は、俺の目の前にいるだろ?」
僕は両手を回してジンを抱きしめる。
ジンがホッと息をついて、僕の髪を撫でた。
「ちゃんと言ってなかった。裕翔。俺はお前が好きだよ」
せり上がった気持ちは、胸を焦がして涙が溢れてく。
ああ、そうかって、思う。
……猜疑心にかられて、剥れて、拗ねて、言い訳して、逃げ出して。
恋をするって——なんて、切実で、みっともないんだろう。
「ありがとう。僕も君が好きだ」
だから、魔法なのかもしれない。