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恋の歌(ジン)

 ベーダ先輩と暮れ始めた裏庭に座って、この国の創生神話を聴いてる。


 もう、ほとんど、神話の域だ。この土地自体は地殻の変動で隆起して生まれたそうだ。その土地に精霊が生まれ、ダイナミックな力の動きがあって、精霊が属性で別れて——とかいう話しだ。


「そこの所の歌は荘厳ですよ」


 彼は空を見上げた笑った。俺はこの人のこういう笑顔は見たことがなかったな。裕翔からは、ベーダ先輩は歴史が大好きらしいとは聞かされていたけど。


「その動きの中に、魔王が出てくるんですけどね」

「魔王って、やっぱりエネルギーみたいなものなんですよね? 実体を持つものではないですよね?」


 俺は裕翔の前に現れた影のような存在を思い出してた。

 ベーダ先輩が片眼鏡を指で押し上げて、軽く唸る。


「何から話しましょう。そうですね《魔王》の在り方ですが……。精霊歌の中で語られる姿は、一般に出回ってる《魔王》とは少し違います。実体も持ちます」


 災厄であることに変わりはない。

 そう言ったベーダ先輩は、長い指を組んで自分の膝に乗せた。


「《魔王》が復活すると、空を暗闇が覆い、太陽の光は遮られ、雨も降らず、風も止む。地上は冷えて生き物が全て死滅する。千年の暗黒時代が訪れる。古代の詩篇や昔話では、こんな感じに語られてるね。間違ってない。アレにはそれができる。この国を作ったのは《魔王》だから」


 ——え?


「ソレは宇宙から降りて来たと歌われてるんだ。降りて来た《魔王》がマルペーザマルモを作って、古い時代には一族単位で暮らしてた我々の祖先から嫁をとった。その女性が古い聖魔法使いで、名前を《クリスタル・ローズ》っていうんだよ」


 ——嫁?


「この国の強い魔力ってのは《魔王》がもたらしてる。取引だね。何百年かに一度、目を覚ます《魔王》は、聖魔法使いを嫁迎えることになってる。ただ、初代の《クリスタル・ローズ》さんと、その時代のローズに結婚相手や恋人がいた場合は諦めるって約束したそうでね」


 ——クリスタル・ローズと結婚?


「寿命が違うんで、そういう約束になったと。この国の創世者だから《王》って呼ばれてる。精霊界では《魔王》こそが《王》だね。《ローズ》が約束を守らないと《魔王》が千年の暗黒期を起こす。それが恋歌として残ってるんだよ」


 ——ちょ、待てよ。


「それだと《クリスタル・ローズ》って、魔法ってわけじゃない?」

「そうだね。古き聖魔法使いは、存在が《クリスタル・ローズ》」


 存在が《クリスタル・ローズ》ってどういう意味だよ。


「この国の魔力は《魔王》の恋心が原動力。恋歌によると、恋しいという想いが土地の魔力になるんだよね」

「ま、待って下さい。《魔王》が恋しがってるの、妻の《ローズ》ですよね?」

「古き聖魔法使いってのは《ローズ》の魂だよ」


 俺は混乱のあまり唸ってしまう。


「え? なら《クリスタル・ローズ》の発動条件って」

「彼女の生まれ変わりが存在してるかどうか、って話になるよね」

「? 生まれ変わり?」

「言わなかったかな。リューの魂は《クリスタル・ローズ》の魂だよ」


 ——は?

 なんだそれ?


 俺たちが聞いてた魔王の討伐はどうなるんだ?

 《魔王》のエネルギーと《クリスタルローズ》が相殺するって話は?


 ——というか。


「……それだと、アンドリューは、取り敢えず、誰かと結婚してれば、《魔王》の嫁にならなくていいんじゃないですか?」


 ベーダ先輩がパンッと膝を叩いた。

 俺は思わずビクッとしてしまう。


「そこ。そこね。あの《魔王》って、人の感情の流れが見えるらしいんだ。形だけ恋人とか、形だけ夫婦とか、意味がない。ソレをやると、逆に不興を買ってリューを連れ去られた上で、千年の暗黒が起きるってね。それこそが歌になってるんだ」


 俺は頭を抱えてしまう。

 なんだよ、感情の流れって。

 形だけではない恋愛?


「ええと、ベーダ先輩。それだと、ゆ…リューが恋愛してないと、魔王のとこに嫁ぐんですか? それが約束?」


 嫁ぐの意味が分からんけどな。

 アイツの性別は男だし。


 いや、存在だの、魂だの言われたら性別なんか関係ないか。


「精霊歌に沿うならね。リューが嫁に行けば国は滅ばない。滅ばないけど、マルペーザマルモの魔力量は少ない状態で安定供給になる。何百年もね。なんでかと言ったら《魔王》の魔力がリューに集中するから。彼を長生きさせるのに使われるんだよね」


 ——なんか、もう。


 俺が裕翔から聞いたゲーム設定はどっかいってるのに、恋愛至上主義だけ残ってるって感じだな。


「ま、リューが誰とも恋愛状態にならないままで《魔王》が復活したら、我々はリューを魔王へ引き渡さないといけない。そういう約束だから。ただ、最善ではないね」


 暮れてく空はオレンジと藍色を混ぜたような、紫に染まってゆく。


「要するに、この国の魔力量の為にアンドリューには恋人を作ってもらって、魔王に渡さないのが最善ってことですか?」

「その通り。《魔王》には恋い焦がれててもらうのが最善だね」


 ——人非人だな。


 ベーダさんが真顔で俺を覗き込む。その顔は逢う魔が時の薄明かりで表情が見えない。


「僕が君にこの話をしたのは、君にちゃんとリューの恋人になって欲しいからなんだよ。彼は君に好意を持ってる。《魔王》はまだ復活してないし、実体を持つに至ってない。今しかない。実体を持ったら《魔王》はリューを連れて行くだろうからね」


 ——実体を持つって、あの影がってことだよな。


「《魔王》は、強大な力を持ってるくせに、ロマンチストのようでね。初代のローズと約束を交わしたのも、何度でもローズを口説けて、自分に恋をさせられるから……だって。精霊歌を読み解いていくと、甘すぎて歯が浮くよ。胸焼けする」


 ——人の恋路の言い方が酷いな。


 ベーダ先輩は、そのまま苦笑を滲ませて、自分の口に指を立てた。


「今の話は極秘。王家の人間と、国の運営に関わる数人しか知らないよ。国王の権威に関わる問題だからね。事実上の国祖が《魔王》だと、国を治めるのに不都合だから」


 俺は苦笑するしかなかった。


「通説と違いすぎます。誰も信じませんよ」

「君は信じて欲しいな。そうでないと《魔王》に付け入られる」


 ベーダ先輩は俺の背中を軽く叩くと立ち上がった。


「恋って不思議だね。それ自体が強力な魔法のようだ。無理強いはできないけど、できるならリューを頼むよ。僕だって可愛い後輩を望まない奴に嫁がせたく無い。……じゃあ、僕はもう行くね」

「……はい」


 俺は裏庭で一人、飲み込めない話に頭を悩ませる。


 裕翔は——クリスタル・ローズの生まれ変わり?

 アンドリューがそうだったのか?


「……ぜんぜん、分からない」


 だいたい、アイツ、本当に俺に好意なんか持ってるのか?

 そう考えたら、ふっと気持ちが塞いでく。


 ——本当に、なんなんだろうな。

 

ブックマーク!ありがとうございます。

大変に嬉しい(>_<)

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