問いかけ
僕はププラ先生に連れられ、初めて彼の私室に入った。服装や普段の言動から想像出来ない、事務的で飾りのない部屋に少し驚く。
「 まあ、座って」
ソファーとローテーブル、数個の椅子。物入れと書棚、陶製かと思われる大きな衝立があって、その向こう側はベッドなんだろう。
物入れ上に置かれた茶器を手にした先生が、僕を振り返って微笑んだ。
「お茶入れよう。喉が渇いてるだろ?」
「…………先生。あの、話っていうのは」
「うん。個人的に聞きたい事があってね」
ローテーブルを挟んで、ププラ先生は一人掛けの椅子に座って僕の前にカップを置く。紅茶の良い香りが漂う中、先生が甘いテノールで、さて、と言った。
「聞きたい事というのはね、君が誰かと言う事なんだよ」
「……………誰?」
「そう。もっと、早く聞けば良かったのかもしれないけど、君は言いたく無さそうだったしね。無理に聞く事でも無いかと思ってた」
この人は、僕がアンドリューではないと知ってるのか?
手の平にジワッと汗が滲んだ。
「ああ、勘違いしないで欲しいんだけど、責めるようなつもりは一つも無い」
なだめるような微笑みの後で、彼は溜息のように続けた。
「君とジンくんの間で、その事が問題になっていなければ聞かないつもりだったんだよ」
顔にかかった長い銀髪を手で払って、軽く身を乗り出す。
「転移と、いうのかな? 実体は変わらないから、憑依かな? 実は前例があるんだよ。会った事がある訳じゃない。書物で読んだだけだけどね。話してくれないか………ゆうとくん」
ジンがそう呼ぶのをスパイクさんに聞かれたから?
けど、それだけで…………。
言い淀んでいる僕に、ププラ先生が言った。
「僕はね、入学前のアンドリュー・クライドを知ってる。入学試験も面接も立ち会ったから、個人的に少し話もしたんだ。そういう記憶はなくなってるの?」
ああ、これは、ダメかなって。ジンじゃないけど、僕とアンドリューは性格が違い過ぎるらしいし。考えても、アンドリューがププラ先生と何を話したのか全く思い出せない。
アンドリューの記憶はある。あるんだけど、それは朧で曖昧。夢の中の出来事のように頼りないんだ。
「僕が別人だなんて言っても、信じますか?」
「言っただろう? 前例があるんだよ。ね、僕の可愛い迷子くん。普通の子はね、僕の魔法を破って藤の園には入れない。君が迷い込んだのは、君の存在が曖昧だったからだよ。今も君は僕の園に入れるのかな?」
薄紫の瞳が、気遣うように僕を見る。
僕は溜息をついてから、意を決して話すことにした。
「………僕の疑問にも答えてくれますか?」
「いいとも。僕に答えられ事なら、何でも答えるよ」
上体を起こして真顔になった先生に、僕は一つ頷いた。
「入学式の日に遡ります」
僕はジンに説明したのと同じ話を彼にした。あれから何ヶ月もたってるし、あの頃よりは分かりやすく説明できたんじゃないかと思う。まあ、この世界にない言葉の説明にはやっぱり苦労したんだけどーー。
彼は分からない部分に、時々簡単な疑問を投げかけてきたけど、基本的には静かに相槌を打ちながら聞いてくれた。意外だったのは、異世界から来たと話しても驚く様子が無かった事だ。
「成る程ね。うん。概ね予想通りだな」
「驚かないんですね」
「うん」
ニコッと笑ったププラ先生は、少し冷めた紅茶を飲んで続けた。
「僕と一緒だからね」
「……………え? ええ?」
その発言には僕の方がビックリなんだが?
「時期は違うよ。それに、ここがゲーム世界だって認識は無かった。ただ、僕は君と同じ日本人なんだよね。着物着てたり、食堂メニューとか、不思議に思わなかった?」
「ええと。ゲーム制作の人がそうしたのかと」
「ああー。ゲーム。ゲームね。僕のいた時代には、君の言うような………乙女ゲーム? 無かったからね。ゲームといえば、喫茶店かゲームセンター。自宅にゲーム機は無かったんだよねー」
ププラ先生は面白そうにクスクスと笑った。
「生きてると不思議な事が起るね」
「…………………えっと」
「まぁ、この世界に飛んだのは僕が先で、飛んで来た時代も、年齢も違う。背景も認識も違うけどね」
彼は整った顔に不思議な笑みを浮かべる。
「笹塚直樹。それが元の名前だよ。大学生だった。十九歳でププラになった。ププラはその時、十六歳だったんだよね。今から十年は前だ。それから、魔法使いとしてマルペーザマルモで生きてる。さて、それを踏まえた上で、君の質問に答えようーー何が聞きたい?」
ーー何が。
もう、聞きたい事があり過ぎて、何から聞けばいいのか分からなくなってる。
「……戻れないんでしょうか」
もう、そこまで気にしてなかた筈なのに、口を開いたらそう聞いていた。




