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懐かしい歌(ジン)

 討伐の後、裕翔が少し変わった。苦手だった朝の時間を、早く眠ることで調整した。それはいいんだ。いつまでも、あんなふうに警戒心がない状態じゃ、心配で仕方ないから。


 ——ただ。


 何もかもを調整し始めたみたいで、今まで人頼りだった身の回りの雑事を、きちんと自分でし出した。もともと、掃除や片付けはキチンとした奴だったんだけど、ベッドーメーキングや洗濯物の整理、時間調整や……人との距離まで。


 距離感に関しては、俺が注意したんだから文句を言う立場には無い。


 分かってる。

 分かってるんだけど。


 ——俺にまでなのかって、少しは思う。


 今までより人との距離が少し遠い。

 誰に対してもだから、誰も嫌われたと感じてるわけじゃない。


 訓練時には距離が近づいても、体に触れても、普通にしてる。

 ただ、普通に話して居る時に腕を伸ばすと一歩退く。


 グラン先輩やアルゲント先輩も裕翔の頭を撫でなくなった。退かれるのが寂しいからだと思う。それなら、裕翔が近寄っている、その距離で楽しく話してた方がいい。そんな感じに見える。


 それに、裕翔は部屋の浴槽を使うようになった。


「ミザリーに聞いたら、普通にそうしてるって言われたからさ。せっかく用意してくれたんだし、使わないのも悪いだろ」


 笑ってそう言ってたけど、他生徒との関わりが面倒になったのかと思う。クラスでは普通に笑顔を浮かべて話しているけど、前みたいに頭を撫でられたり、背中を叩かれたり、そういうシーンを見かけることは無くなった。


 なんだか——マルグランダ王子を思い出す。


 始終笑顔を浮かべているのに、立ち入れない一線が引かれてる。目を合わせても、逸らすわけじゃないのに、どこか焦点が合わない気がする。


 コミュニケーションが取れてないわけじゃ無いのに、一方通行な気がしてもどかしい。


 苦手な朝を自分で起きるために、裕翔の就寝は早くなった。だから、部屋に戻っても話しをする時間が減ってる。短い衝立ではあっても、灯を遮るには役立ってる。裕翔は衝立を少し移動して、眠る時に俺の使う明かりがベッドに差し込まないようにしてる。


「先に寝るね。おやすみ」


 最近は、いつも裕翔が先に眠る。枕元には着替えを用意して、水差しとコップも置いてある。起きてすぐに水を飲んで目を覚ますらしい。


 スパイクさんが苦笑しながら、アンドリューさん、手が掛からなくなりましたねって言ってた。何か言ったんですかって聞かれたから、距離感の話をしたら、あーって呆れた顔をされただけだ。


 あんなに煽ってたのに、もう、裕翔に恋人を作ろうって思ってないのか?

 クリスタル・ローズが使えるのは裕翔だけなのに?


 俺ときたら、今更のように同室になった頃の裕翔を思い出してる。迷子みたいに不安な目をして、怯えてて、放っておけないって思わせたアイツ。


 ——俺は馬鹿なのかって思う。


 怯えなくて済んでるなら良いことじゃないか。

 頼られなくなって、寂しがってるなんて傲慢だよな。


 このまま好きになっていいのかって聞いてたけど、もう、そんな気はないのかもしれない。


「……どうする気なんだろうな」


 それだけが気がかりだ。


 俺だけが——ずっと、裕翔の事ばっかり考えてる気がしてる。

 一緒にいても、離れていても、ずっと考えて、疲れる。


 部屋に戻る気もしなくて、夕暮れて来た裏庭で故郷の歌を口ずさむ。


 裕翔と一緒に歌った祭り歌、初めて古代魔法が発動したあの日、俺の声とアイツの声が重なって共振した気がした。驚いてたアイツの顔が忘れられない。


「祭り歌ですか?」


 後ろから声をかけられ、振り向いたらベーダ先輩が笑って立ってた。


「興味深い旋律ですね。良かったら、隣で聞いても良いでしょうか?」

「え? ああ、構いませんけど。そんなに長い歌じゃ無いですよ」

「はい。ただ、君の故郷の歌でしょう? あそこら辺は、精霊との繋がりが強いですからね。特に祭り向きの歌なんかは、精霊へ向けて歌うことが多い。とても興味深いんです」


 スパイクさんよりは低いけれど、ベーダ先輩も背が高い。長く伸びた影が、細く締まった体躯の影を地面に伸ばしてる。しばらく俺の歌を聴いてたベーダ先輩が、ふいに話し出した。


「ジンくん。君は魔王の真実を知ってますか?」

「……え? いえ」

「ですよね。このマルペーザマルモでも、知っている人間は限られるでしょうね」

「真実って何ですか?」

「僕も最近まで知りませんでした。古代史にも、詩篇にも出てこない《魔王》の姿があるんですよ」

「ええと?」


 彼は片眼鏡を指で押し上げ、整って知性的な顔に笑みを浮かべる。


「精霊歌に歌われているんです。君がクライド家の子孫なら、知っているかと思ったんですけどね」

「精霊歌は地元でも神官しか歌わないんです。俺は聴いて覚えただけなので——」

「そうですか」


 ベーダ先輩は、星が明るくなり始めた空を見上げた。


「魔王とクリスタル・ローズの恋歌なんですけどね」





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