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初秋

 王都に戻って寄宿舎へ帰って——僕が最初にやった事って、鏡を見ることだった。


 気にしてるつもりは無かったのに、鏡の中にアンドリューを見つけて落ち込んだ。サラサラした赤毛の混ざった金髪、緑色の大きな目、細い顎、男にしては愛くるしい整った顔。


 知ってたけどさ。

 ジンが惹かれてるであろう、ルームメイトは美形に含まれる。


 その日から、僕は早めに就寝して、自分で起きるようになった。ジンは相変わらず早朝の訓練を欠かさない。アルゲント先輩が付き合ってくれても、付き合わなくても、彼は早朝に起きて訓練に行く。


 僕は彼が訓練に行っている間に目覚める。自分で着替えて支度をし、彼が戻るときには一緒に食事に行ける用意を整えてる。


 ジンは不思議そうに言った。


「最近は自分で起きるようになったな」

「うん。いつまでも人に世話されてるんじゃ、ダメだなって思ったからさ」

「ふぅん」


 もちろん、そういう気持ちは大いにある。


 例え、この先を僕がどこで生きようとも、自分の面倒くらいは見られないといけないだろう。でも、それだけじゃない。ジンに言われたことが頭に残ってる。


 ——お前は人との距離が変だろ。

 そうだよなって思った。


 ここが日本じゃ無いから、そういうものかと思っていたけど、近すぎるんだよな。本来の僕なら、ジンが言ったように緊張して警戒するような距離に平気で人を入れてた。


 人間って、いつも側にいてくれる人には好意を抱きやすい。

 ジンは——勘違いしてるのかもしれない。

 親愛の感情と恋愛感情を混同してるのかもしれないじゃないか。


 それに——本音を言えば、僕はアンドリューに嫉妬してる。


 触れ合ってるのも、彼が撫でる髪も、笑いかけているのも、全部が全部、アンドリューへ向けられるものだ。唯一、名前だけが《僕》。


 そう思ったら、ジンと距離を詰めるのは難しくなってしまった。

 他の人たちとも——。


 だからって、好意が消えるわけじゃないけどさ。


 ——あの若い男が情を交わしているのは誰だ?


 二度目の影はそう問いかけて消えた。

 その答えを自分が実体を得るまでに出しておけって。


 魔王って何なんだ?

 実体を持つ?


 アレは僕をローズって呼んだ。

 ローズって、クリスタル・ローズ?

 魔法の名前じゃ無かったのか?


「アンドリューさん?」


 スパイクさんの声にハッとする。


 気づけば怪訝そうに僕を見るジンと、スパイクさんが部屋の扉の前にいた。スパイクさんが、僕たちを迎えにきてくれてたようだ。


「食堂の開く時間ですよ? 食べに行きますよね?」

「え、ああ、もちろん」

「具合悪いっすか? あんまり眠れてないとか?」


 近づいてくる彼を避けるように、僕は一歩後ずさった。


「大丈夫です。少しぼーっとしてただけなので、行きましょう」


 スパイクさんが僕に手を伸ばしてから、引っ込めた。


「そうですか。もし具合が悪いなら教えて下さい。無理はしないで欲しいので」

「ありがとうございます」


 距離は近づけすぎない。

 その分、言葉はなるべく丁寧に肯定的な言葉を使う。


 トラブルは避けたいから。


 そうだよな。

 僕はそういう奴だったもんな。


 意識してそうしてたのは、たぶん二週間なかったと思う。なにしろ、元がそうだったんだから。僕はすぐに人との距離感を思い出した。ミザリーや生徒会の人達も、始めこそ戸惑った様子があったけど、すぐに馴染んでくれたように思う。


 魔法訓練の時だけは、身体接触があるのは仕方ない。討伐に出たあと、僕のペアはミザリーからジンに戻ったから、組んでいる時はジンが腕や肩に触れる。


 それでも、訓練中は魔法へ意識を向けられるから大丈夫。

 その接触には個人的な意味は含まれないんだから——。


 僕の気持ちの中で、このまま魔王の復活を迎えることになったら、一人で魔法を発動すればいいやって気持ちが強くなってた。古い詩篇の中には、未婚で恋人のいない聖魔法使いが魔法を発動すると、人格の崩壊を招くみたいに書かれてる部分もある。


 けど——。


 どう頑張っても、僕は僕として誰かと恋に落ちたりできない。

 柏木裕翔はアンドリュー・クライドの中の人格だ。


 でも、僕はここの人達が好きになってるし、この世界の破滅は望んでない。古代魔法の発動で何が起こるのか分からないけど、万に一つ、元に戻る可能性も残されてるし。


 分からないのは、やっぱり、実体を持つと言った魔王の影と、ローズのことだけど。スパイクさんは、あれも魔王復活の予兆みたいなものだと言ってたし。魔物に分類されるなら、マルペーザマルモの魔法使いにも戦いようがあるだろうから——。


 破滅さえ回避できれば、きっと何とでもなるだろう。

 そう思いたい。


 だから——ジンとの関係は進めない。

 彼も、あれ以来、距離を詰めてくることはない。

 それで良いんだろう。


 そう考え始めてた時だ。


「リュー。ちょっと僕の部屋へ来てくれないか?」


 訓練が終わった後、訓練場でププラ先生に呼ばれた。









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