討伐後
クリムゾン村の魔物討伐は深刻な怪我人も、死者も出さずに終わることができた。今回の成果は魔犬の群れを殲滅できたこと。
群は三つあったと後でププラ先生に聞いた。僕らのチームは一つしか殲滅してないから、ジンの方で二つの群れを殲滅したんだな。ちょっと、凄いよな。
長い黒髪だったミザリーは髪をバッサリと短く切った。凛とした雰囲気になった彼女は素敵だなって思ったけど、王太子は、やるせないと言った表情をしてた。
自分のせいだって思ってるんだろうな。けど、遠くから彼女を見る王太子は、短い髪のミザリーを好ましく思ってるみたいだった。
僕らが宿泊先として村から提供されたのは、今は無人の古いお屋敷でね。没落貴族が村に寄贈したものだという。だから、部屋数だけはあって、一人に一部屋が当てがわれてる。
キチンと手入れはされてる。村としては別荘として、討伐メンバーの誰かが購入してくれればいいと思ってるみたいだった。
そんな話を聞くとね、自分が一緒に行動しているのは裕福層で、自分もその一人に数えられている事を思い知らされる。
会いに行ってないけど、アンドリューには家族がいるんだよな。コイツは、男爵家の嫡男なんだし。
まるで、古い洋画にでも迷い込んだような部屋で、僕は一人、ホッと息をつく。寄宿舎で目を覚ました時を思い出すと、自分がこんな風に魔物と戦ってるのなんか夢見たいだよな。やっぱり。
閉じていたカーテンが、ふわっと揺れて意識を取られる。
おかしいな、窓は閉めてあったのに。
揺れたカーテンの隙間から、淡墨を流し込んだように靄が広がってく。僕の全身にピリピリと緊張が走ったけど、身動きが取れない。
案の定、スパイクさんが魔王と呼んだ影が現れて小さく笑った。
『お疲れ様だな、ローズ』
ソレは親しげな声色で僕をローズって呼んだ。僕が座ってる椅子の前に立って、金色の目で僕を見下ろす。淡い部分と濃い部分のある不思議な目だ。肌は褐色で、笑った口元に尖った犬歯が除く。
前に湾曲した立派な角は、パイソンを思わせる。本当にな、ゲームに出てきたらラスボスかなって感じの威圧感と美貌だ。
『お前に触れたいのだが、残念ながら実体が間に合っていない。覚えているかな、ローズ。お前が私に嫁いだ時の約束を——』
いや。
僕はローズじゃないし。
『寄せて返す波のように、実体を得ては失いながら悠久の時に存在する私に、泡のように消えては生まれる存在のお前は約束した。何度も生まれ変わって私に嫁ぐとな。ただ、生まれた時の人生で私に出会う前に伴侶や恋人がいたら、その人生の自分のことは諦めて欲しいと』
金色の目が不思議な色で僕を見る。
『何度も生まれ、何度も忘れる。刹那を生きる、それが人の魂だからと。切ない話だが、私は受け入れた。何度もお前と出会い直せる。それも甘美だからな』
景色の透ける腕を伸ばして、僕の輪郭だけをなぞった。
『まあ、感傷は置いておこう。私は確認しに来ただけだ』
長い爪の生えた指が小さく弾かれたと思ったら、目の前に二つの映像が浮かんだ。
——王宮の中庭で、僕とジンが口づけをしている。
——僕が実家のマンションでソファーに座ってる。
『ローズ。今生でのお前は複雑な在り方をしているようだ。私はお前であると分かっているし、姿形に囚われない。金髪にグリーンの瞳のお前も愛らしいが、黒髪に黒い瞳のお前も愛おしい』
ソファーに座ってる僕は、日本人らしく平坦な顔をしている。美形でもなければ、イケメンでもない。どこにでも居るような、少し華奢な少年だ。外見を貶されはしないけど、褒められたこともない。凡庸な僕。
『今生のお前には、恋人らしき男がいるようだが。さて、ソイツは誰の恋人だ?』
——誰の。
『お前の名は裕翔といったか? アンドリューと言ったか?』
僕は……。
『ローズ。お前に恋人がいるというなら、私は諦めて来世を待とう。けれど、覚えておくといい』
魔王の影は僕を覗くように顔を近づる。金色の瞳に幾つもの光が点滅してて魅入られていく。
『私なら、お前を裕翔の姿に戻せる。そして、お前を——愛している』
——戻せる。
僕を僕の姿に。
魔王は微笑むと首を傾げた。長く量のあるクセのある黒髪が揺れる。
『私が実体を持つまでに答えろ。お前は何者で、あの若い男と情を交わして居るのは何者か』
目を細めた魔王の影は、現れた時と同じように、唐突に消えた。