おやすみ
スパイクさんは、ジンに口元だけでニッと笑うと僕の腕を掴んで引っ張って肩を抱く。
「ちょっとだけ貸して下さいね」
そのままジンに背中を向けると、僕の耳に口を寄せて小声で言った。
「アレに攫われたくなかったら、ジンさんを早く押し倒して、そういう関係になって下さい」
それでけ言うと、クルッと僕を回してジンの方へ押し出す。
ジンが強張った顔で僕の腕を引っ張って、スパイクさんを睨んだ。
「魔王ってどういう事ですか?」
「まんまの意味っすよー。アレも災厄前の現象の一つって言えばいいっすかね? まあ、活発になった魔物みたいなもんです」
「魔物って——」
「部屋のセキュリティ、考え直しましょうね。実体ない奴ですから、そうピリピリしないで下さい。じゃ、僕は戻りますね。扉には鍵をかけて下さいよ? 窓も閉めて。では、おやすみなさい」
ジンは納得のいかない顔で僕を見る。
「何を言われたんだ?」
「え?」
「スパイクさんに」
「あー。身辺に気をつけなきゃダメだって」
——押し倒せとか、言えるかよ。
「それには俺も賛成だけど」
まだ、納得いかないって様子だったけど、ジンは部屋の様子を確認してから自分のベッドに座った。
「……あの人、何か隠してるよな。まあ、今、それを言っても仕方ないけどさ」
「うん。まあ、僕もさっきの、よく分からない。部屋に戻ったら居たって感じだったし」
何か考えたジンは、立ち上がって僕の側に来ると手を取った。
「裕翔。ブレスレットに魔法付与していいか?」
「え? このブレスレットにか?」
「ああ。これは、いつも身につけてんだろ?」
「うん。外さないようにしてるけど」
「なら、保護魔法をかけとく」
隼の掘られたブレスレットに手を当て、ジンは口の中で小さく呪文を唱える。薄墨を流したような靄が、僕の腕を覆ってからブレスレットに吸い込まれてった。
「……魔法付与できるんだ。すごいね」
「俺は闇属性だから保護魔法は得意な方だし。でも、この魔法は、近距離でしか発動しないから、そもそも近寄られないように気をつけろよな」
「分かった」
ジンはホッと軽く息を吐く。
「お守り程度の魔法だけど、まあ、無いよりマシか……」
「心強いよ。ありがとう」
心配してくれてるんだな。
なんか、申し訳ないけど……少し嬉しいな。
「まあ、明後日はチームの皆んなも居るから。なるべく一人になるなよ」
「……討伐って、ジンのチームは何処行くの?」
「お前らの所と同じだ。クリムゾンの南側から東を回る。リュー達は北から西だろ?」
「うん。二つのチーム投入って、やっぱり魔物が多いのかな」
クラスメイトのカーゴから、風呂場で聞いた話を思い出して少し心配になってくる。ジンはスパイクさんの用意したお茶を飲みながら、少し思い出すように目を細めた。
「クリムゾン村っていうのは、マルペーザでも北側に位置してるからな。魔山から近いんだよ。魔山は魔王の出現に関係してるから、あっちは通常でも魔物が多い地域だしな」
ああ、そうだよな。
授業でもやったけど、住民が自衛団作ってるくらいだもんな。
「……住民は不安だろうね」
「まあ、慣れてるだろうけどね」
ジンが少し首を傾げて僕を見る。
最近、髪の毛伸びてきたよな。
目にかかってる。
「不安なのか?」
「うーん。カーゴが気にしてたからさ。クリムゾンって、カーゴの故郷らしくて」
「……ああ。あのデカイ男」
「うん。風呂場で一緒になってさ。頼んだぞって言われたから」
——ん?
ジンの唇がキュッと力んで見える。
「アイツと一緒になったのか?」
「うん。本人が討伐に行きたいくらいだって言ってた。家族の心配してたよ。カーゴは火炎系を使うんだよな。魔剣の威力が強いって聞いたけど、連れてくわけにはいかないもんな」
「……チーム戦だからな。火炎系は王太子が居るし」
「うん。けど、ほら、カーゴは体デカイし、剣も強そうだからさ。筋肉すごいし」
——ん?
なんか、胡乱な目つきになってないか?
「そうだよな。剣技は得意だって言ってたしな。お前がププラに言えば混ぜてもらえんじゃないの?」
「え? いや、今からは無理でしょ。さすがに」
「そうでもないんじゃないか? ププラはお前を気に入ってるし」
「どしたの、ジン」
「なにが」
「機嫌が悪くないか?」
「別に」
そうかなー。
「俺はもう寝る。出発は早朝らしいから」
「あ、うん。僕も寝る」
すでに簡易ベッドに潜り込んだジンを横目で見る。
なんか、急に機嫌悪くなったけど……眠かったのかな。
「ジン、ランプ消す? 絞っとく?」
「……消す」
「分かった。おやすみ」
「………おやすみ」
寄宿舎の特別室には大型のランプが二つある。僕は二つのランプの明かりを落とし、キングサイズだというダブルベッドに潜り込んだ。
明かりを落としても、カーテンを通して月明かりが差し込む。
夏の宵は月が明るいな。
ジンには好きになっても良いって言われたけど——。
別に僕を好きだって言われたわけじゃないんだよな。
よく考えれば、僕だって好きだと明言したわけじゃない。
衝動的にキスしたけど。
二回ほど、キスしたけど。
二回目は少しだけ濃厚だったけど。
たぶん——恋人とは言えないよな。
——ジンさんを早く押し倒して、そういう関係になって下さい。
スパイクさんの言葉を思い出して、居心地悪く感じる。
ジンは僕にとって特別だ。
他の奴には、ここまで触れたいとは思わないし。
側に居たいとも思わない。
でもさ、だからって、押し倒すんじゃ誠意がないだろ。
……そういうの、もっと、お互いに通じ合ってからするもんだろ。
ちょっとモヤモヤして眠れない。
なんで、あんなに急かすんだろうか。
攫われるって、どういう意味なんだろう。
寝返りを打ったら、ジンに貰った腕輪が目に入った。
ハヤブサが刻まれた、シルバーのリング。
メイザー先生の指導で、同調をした時、白い鳥を見た気がしたけど——あれ以来、一度も見てないな。
腕のリングを掴んで目を閉じたら、引き込まれるように眠りに落ちた。
なんだか、あの鳥に、寝なさいって窘められた気分だな。




