迷子
考えながら歩いていたからか、僕は人気のない場所に迷い込んでた。
咽せ返るような甘い花の香り。
淡い紫のカーテンでも降りてるかのようで——。
「……すご」
そこは一面に満開の藤の花が咲き乱れてた。
藤の花?
あれって、春に咲くんだったか?
「迷子かな?」
ずいぶん低い、静かな声が聞こえた。
声の方を向くと、ヤバイくらいのイケメンが僕を見つめてた。
この人は、どういう設定なんだろな。ソルティソの制服を着てない。光沢のある真っ白な布地に、派手な刺繍を施した着物を着流しにしてる。
襟元が広く開いてるのは、サービスってヤツ?
紫の長い髪に赤い目。
人類の色じゃないよな。
——まあ、綺麗な男性だけど。
「すみません」
思ってないのに口から言葉が滑り出た。
イケメン様が静かに笑って、こっちへ歩いてくる。
「謝る必要はないけどね。別に、ここは僕の私有地じゃないし」
——あ、待て。
この人もオープニング画像にいたな。
目の色が違ってたけど、絶対にこの人だろ。
画像では金色だったはずだ。
「あれ? 君って、入学式で挨拶する子じゃないか?」
——なんで知ってんだろ。
どうにもキャラ事情とか分からない。
「えっと、内容を考えてたら——迷ってしまって」
イケメンはふふって笑った。
ふふって笑う男にあったのは初めてだぞ。
「あんなの、適当でいいのに。真面目なんだな」
「……一応は代表ですし」
「そっか。なら、良いこと教えてあげよう。式典は始まってるよ」
「えええええ!!」
ヤバイ。
入学式イベントをすっ飛ばして平気か?
男性は口元に手をやって、面白そうに笑った。
「君は表情が豊かで面白いね」
「す、すみません。僕、早く戻らないと」
「焦らなくていいよ。送ってあげるから。ああ、あとね」
男性は不思議な笑みで僕の耳に口を寄せた。
「挨拶の初めに春の花を入れるといい。人の記憶に残っているのは、鮮やかな色だから。でも、ここで見たものは秘密にして欲しいな。ね?」
耳に息が掛かる。
甘い花の香りが強く香った。
——と、後ろから、いきなり腕を引っ張られる。
「あんた。生徒に何してんだ?」
「え? あ、ジン」
ジンが僕の前に出て着流しのイケメンを睨んでる。
どういうこと?
「おや。君も迷子かい?」
着流しイケメンが目を細めた。
「ジ、ジン?」
「コイツお前の耳を噛もうとしてたぞ」
「………え? なんで?」
口元に手をやったイケメンが、ククッっと嗤う声がした。
「可愛い耳だったから、ついね。今年の新入生は面白いねぇ」
このイケメンは気でも違ってるのか?
なんで初対面の人間の耳なんか噛もうとするんだ?
「二人とも、また、会おうね」
イケメンが囁いたと思ったら、パチンと指を弾く音がして——。
気づけば人の波に押されてた。
ここ、どこだ?
講堂か?
「クライドくん! 探したよ。もうすぐ代表挨拶だから、舞台袖に来てくれ」
教師の一人が俺の手を掴んで引っ張る。
「え? あ、はい」
引っ張られながらジンを振り返ったら、小声で。
「頑張って来いよ」
そう言って首を竦めた。
なんか——それだけで、少しホッとしてる自分がいた。




