友の恋
訓練場に放たれる魔物は、少しグレードアップしてる。訓練当初は、スライムならスライム、魔犬なら魔犬のみで行われてたんだけど、今は異種が混ざるように構成されてた。
「ベーダ。上空! 火炎を巻き上げる。他は地上でヘッジホッグに対応」
チームとして、王太子の方にミザリーが参加して、ププラの方にジンが配置されたんだけど、僕とミザリーは思ったより息が合う。
「リュー! デミアンに回復を!」
「了解」
ヘッジホッグというのは、ハリネズミ型の魔物で毒針を飛ばすんだ。一本くらいじゃ大した傷を負わないんだけど、毒ってのが厄介。数を受けると身動きできなくなる。
僕は回復魔法と異常解除を同時に発動、ミザリーが僕の隣で腕に触れながら防御してくれる。墨色の薄い膜を張ってくれるんだけど、お陰で飛んで来る毒針は僕らに届かないで済む。
魔法ってのは瞬時に効くけど、その瞬間は無防備になる。無防備なデミアンを庇って、アミュー先輩が土の壁を作って彼を保護した。あの二人も連携がいい。
上空を飛んでるのは魔コウモリと呼ばれる魔物で、口からなんか粘液を吐く。その粘液ってのが粘ついてて、体につくと動きが鈍る。群れる習性がある奴らで、動きが鈍ると集団で襲ってくる。
その魔コウモリを、ルドルフ殿下とベーダ先輩が火炎のトルネードで焼き払う。あの二人は、幼馴染ってのもあるのか、息がピッタリだ。
チームとしては、結構良い感じで動けてると思うよ。三種混合の魔物討伐訓練も、なんとか無事に終わらせられたし。
チーム混合の訓練でなければ、訓練は各チームごとに交代で行われる。次はププラを筆頭にしたジンの参加するチームだ。訓練場を出ながら、すれ違ったジンに声を掛ける。
「あー、終わったぁ。ジンも頑張って」
「おう」
ただ、それだけ。
それだけなんだけど、ちゃんと目を合わせて会話できてる。
浮かれるくらい嬉しい。
ジンはいつもの笑顔を見せてくれたから——もう、そんだけでテンションが上がる。
まあ、なんの憂いもないって言えば嘘になるけど。
王太子はミザリーを軽く避けてる。話さない訳じゃないし、指示も出すんだけどさ。まるで、一昨日までの僕とジンのように、二人は目を合わせない。グラン先輩とミザリーは普通に会話してるし、目も合わせてお互いをねぎらってるっていうのにね。
だから、ミザリーのテンションが少し低い。
なんとか元気付けたいんだけど。
「ミザリー。助かったよ。さっきの防御はタイミングぴったりだったね」
「そうですか? 良かった。ジンの回復魔法も良かったと思います。異常解除と同時に発動させるなんて器用ですね」
「ありがと。そう言えばさ——グラン先輩と同室って言ってたけど、マルグランダ殿下って王宮に部屋があるんじゃなかった?」
彼女はコクッと頷いて、訓練場に降りてるグラン先輩を見た。
「私も王宮の方の部屋を使わせて頂いてます。同室と申しましても、一つの部屋を共有している訳ではないのですよ」
ミザリーは優しい目で彼を見つめてる。
「個人部屋二つと、間に共有のリビングがある場所で生活しています。ププラ先生の提言で、勉強したり本を読んだり、そうですね、たまにはボードゲームなどをリビングで御一緒しますけど……。でも、そのお陰でグラン殿下の本質が少しですけど理解できるようになりました」
マルグランダ殿下の本質か。
すごく複雑そうだけど。
「あの方は、人をケムに巻くような物言いをなさいますけど、とても優しい方です。相手の事をよく観察して、一番良いようにしてあげようって……そんな風に考える事ができる。そう、思います」
彼女はニコニコと笑って僕を見上げた。
「私は御一緒できて良かったって思っているんです」
「……そう」
「ただ、そのせいで王太子殿下に、不要の誤解を与えたようですけど」
寂しそうに目を伏せて細い指で髪を耳にかけたミザリーは、少し離れた所で訓練を見てる王太子を見つめた。見つめた彼女の目が軽く熱を帯びてるのに気づく。
——あ。
ああ、そうか。
ミザリーの好きな人って、王太子なんだな。
「……大丈夫。彼は次期国王として振る舞うように育ってるんでしょ? だから、すごく身近な存在の扱いには慣れてなくて、困ってるだけだと思うよ」
彼女は少し上目遣いに僕を見て、不安そうに瞬いた。
「そうなのでしょうか? 私は信頼を裏切ったりはしてませんか?」
「まさかー。ププラ先生の提言で、国王のお墨付きなんでしょ?」
「それは、そうなのですが。殿下にも意見を聞くべきだったかと……」
僕は皆んなが僕を元気付けてくれたように、彼女の肩をポンっと叩く。
「大丈夫! 君が良かったって思ってるなら、それはすごく大事なことだよ。殿下なら、きっと分かってくれるでしょ?」
何度か瞬きを繰り返し、彼女は小さく頷く。
「はい。殿下にも、この選択で良かったんだって思って貰えるように尽力いたします」
「もー、真面目だなぁ」
「ふふ。それが取り柄ですので」
彼女は、やっと明るい笑顔を見せてくれた。
でも——そうか。
ミザリーの好きな男は王太子か。
少し不安になるな。
帝王学とか刷り込まれたのかもしれないけど、愛妾持つのに抵抗なかったみたいだし——僕に言い寄ったくらいだしね。彼女を幸せにしてくれるのかな……。
それでも、好きな人がいるって言った時の——彼女のあの表情を見たら、応援しないではいられないな。あんな、可愛らしくてキラキラした顔は他の奴にはさせられないだろうから。
ルドルフ殿下にも見せてやりたいくらいだ。
「いろいろあるけど、頑張っていこう。ミザリー」
僕がそう言うと、彼女は大きく頷いた。