ポンっと
体を離しても頭の芯はジンとしてるし、胸に迫り上がるものがあって、苦しくて泣きそうな気分だ。足に力が入らないしジンの顔がまともに見られない。
僕の隣でジンが空を見上げてるのが分かった。
彼は、どこか遠い声ですごく現実的なことを言う。
「裕翔、そろそろ行かないと食堂が閉まる」
「ん……ごめ、ジン。先に行っててくれないかな。僕、ちょっと、今は立てそうにない」
僕は手で顔を覆って俯いたままだ。
辺りが薄暗くなってて助かった。
もう、自分がどんな顔してるのか分からない。
ジンが立ち上がって、僕の頭を軽くポンっと叩いた。
「仕方ないな。落ち着いたら食堂に来いよ?」
「はは。ちょっと、胸がいっぱいで食べられないかも」
「馬鹿か? それはそれ、飯は飯だ。ちゃんと食えよ」
「うん」
「……じゃあ、先に行く」
一人になって、膝を抱えてると体の疼きに戸惑う。
余韻っていうのは、後でやってくるんだな。
今の——夢かなって思う。
好きな奴と触れ合うって、なんか、凄いんだな。
まともな思考ができない。
拒否されないで良かったけど——いや、良かったのか?
脳が溶けてないか?
こんなんで、ちゃんと魔物討伐とかできんの?
体の中で余韻が反響してる感じだ。
ジンのことしか考えられなくなってる。
「………落ち着かないと」
なんとか立ち上がって、食堂へ行く頃には生徒の数は疎らになってた。
ジンの姿も見えなかったから、先に部屋へ戻ったのかもしれない。部屋替えがあったから、荷物も運ばなきゃいけないだろうし。そう考えただけで、また思考が停止しそうになった。
——今夜からは、また、ジンと同室になる。
嬉しいんだけど、困るような、変な気分だな。
食堂のメニューはすでに限られてて、僕はミネストローネにロールパン、サラダという朝食みたいな夕食を食べた。それでも食べられただけ有難い。
これで夕飯を食べ損なったなんて言ったら、ジンが気にしてしまうかもしれない。僕的には、本当に胸がいっぱいで食事どころじゃなかったんだけど。
「よぉ、リューじゃないか」
一人でモソモソと食事してたら、アル先輩が前に座った。僕と同じメニューをトレーに載せてるけど、一人分じゃなく二人分だ。そりゃそうか。彼の体格じゃ、一人分で足りるわけないもんな。
「先輩も今ですか? 遅かったんですね」
「ん? ああ」
いつも明るいアル先輩が、珍しく溜息をつく。
「ルドルフが面倒臭くてな」
「あ、あぁ」
王太子殿下、すごく動揺してたもんな。
スプーンなんて可愛いものは使わずに、器からそのままスープを飲みながら、アル先輩が再び溜息をつく。
「お前、気がついてたか?」
「何にですか?」
「ルドルフだよ。ミザリア嬢にあんなに執着してるなんてな」
「……いや、意外です」
「だよなー。アイツ、お前にコナかけてたくらいだしな」
コナ…。
まあ、そうかな。
彼は色気のダダ漏れる表情で苦笑を浮かべた。
「あの二人…王太子とミザリアはさ、物心がついた時には許嫁だったからな。もう、ずっと、自分の物って思ってたのかもしれないな。物って言い方は語弊あるけど、まあ、所有してる気分ではあったろうな」
そういうものなのかな。
僕には幼馴染も許嫁も居ないから分からないけど。
「自分を離れることはないって、安心しきってたんだろうけど。ミザリアだって一人の女の子だからな。気持ちってのがあるよな」
「それは勿論でしょ」
「そ、そこをな。あの人は失念してんだよな」
あの人ってのは、やっぱり王太子かな。
「俺とかベーダは、あの人が小さい頃から知ってるからさ。根が良い奴なのは分かってるけど、王族ならではの教育を受けてるからなぁ。そういう点で、マルグランダは屈折して育った分、まだマトモかね」
うーん。
アル先輩が王太子を心配してるのは分かるけど、僕としては。
「僕はミザリア嬢の友人ですから、彼女の方を心配します。立場的に王太子の許嫁は外せないというなら、王太子には彼女を大事にして欲しい」
アルゲント先輩が白い歯を見せてニコッと笑った。
「まぁな。そこは、心配ないんじゃないかな。今回の狼狽ぶりを見れば、自覚がなかっただけみたいだし」
「……自覚、ですか?」
「ああ。そう考えると、自分を見つめる良い機会かね」
彼はヘラッと笑って食事を平らげると、グラスの水を飲み干して、うな垂れた。
「だからってなー。俺やベーダを巻き込まんで欲しいけど。混乱した感情の話なんかに付き合わされも、上手く整理なんかしてやれない」
僕はそんな彼を見てて、ちょっと王太子が羨ましく思えた。
「大丈夫ですよ。どんだけ混乱してても、彼を思ってくれる友人が居るんだし」
そう言ったら、アル先輩も少し落ち着いたみたいに笑う。
「お前は翻弄するようでいて率直だ。剣筋と同じだな。話してて気が楽だよ」
「有難うございます」
「うん。なあ、お前——忘れんなよ」
「はい?」
「お前だって、俺の大事な後輩だからな」
ニッと笑って立ち上がった先輩は、トレーを持ってから僕の頭をポンっと叩いた。
「困った事があったら、ちゃんと相談に来るんだぞ」
「……はい」
なんだか、胸が暖かくなって。
——今日は、泣きたくなってバッカリだな。




