そっち
僕の使わせてもらってる部屋に、新しいベッドと机を運ぶっていうんで、訓練後だけど部屋に戻れない。スパイクさんは立ち合いで部屋にいるし、僕は中庭に座ってボーッとしてた。
マルペーザマルモの季節感は、四季のはっきりした日本に似てる。夏の夕暮れは暖められた空気が漂ってて、湿った空気が肌に纏い付くみたいだ。暮れ始めの空が茜色に染まって星の輝きが増してくる。
——綺麗だな。
どこか他人事で、でも、世界はちゃんと存在してる。
そういう気分になる事は、元の世界にいた時もあったな。
映画フィルムにでも紛れ込んだみたいで、自分は与えられた役割を演じてるって感じ。まぁ、大概、僕はその他大勢で、ドラマの進行とは無縁だったんだけど。
感傷的になってたら、背後に人の気配を感じた。
「リュー、隣に座っていいか?」
「………ジン。ええと、どうぞ」
どういうんだ、これ。
他人事の映画だったのに、いきなりカメラが僕をアップにした気がする。
というか、心臓がバクバクいう。
あ、あの事を謝らなきゃ。
そう思ってたら、ジンが俯いたままで呟くみたいに言った。
「……ごめんな」
「え? な、なんで? なんでジンが謝るの」
「ペア替え、俺のせいだろ」
「ち、違う!」
違うだろ。
僕のせいだよ。
「ジンのせいじゃない。僕が——。僕が、あんなことしたからだ。ごめん。本当に…ごめんなさい。ああいうこと、君の気持ちとか無視してすることじゃない」
手に汗が滲んできて、思わず自分のズボンを握りこむ。
「……許して下さい」
沈黙した間が、永遠に感じるくらい長かったんだが。
「許さない」
唐突に聞こえたのは、絶望的な言葉で——。
「…………あ」
ザーッって音を立てて血の気が引いてくのが分かった。
耳鳴りする。
どうしよう。
どうしたら——。
突然、吹き出したジンがゲラゲラと笑いだした。
思わずジンを見たら、真っ赤な顔して腹を抱えて笑ってる。
「……なんで? 笑うとこ?」
「クククッなんて顔してんだよ。すごい。面白い」
——どういうことだよ。
目尻に涙まで浮かべたジンは、本当に面白そうに僕を見る。
「やっと、顔を見たな」
「……それ、僕の台詞だけど」
「うん。俺もな、ちょっと照れて、ちゃんとお前が見られなかった。それも、ごめん」
——照れて?
じゃあ、怒ってたわけじゃない?
ジンは少し伸びてきた前髪を払って、切れ長の大きな青い目を優しく細める。
「アレは、別に謝らなくていいし、許すとか許さないとか無いよ」
「…いや……でも」
「嫌じゃなかったし」
ちょっと、待ってくれよ。
そんな——。
それ、狡いだろ。
勘違いしそうじゃないか。
手の平に滲んでた汗が、今は背中を流れ落ちてる。
「い……嫌じゃ…なかった?」
ふいっと視線を外らせたジンの横顔に朱が刺してく。
「まあ。裕翔だし」
「……ジン。そういうの、良くない」
「は?」
全身が心臓になったみたいに、バクバクが広がって煩い。
僕は両手で自分の顔を覆って、目を閉じた。
「期待する」
自分の声かって思うくらい甘く響く。
「このまま、好きになって良いのかなって——思う」
胸が苦しくて、呼吸が辛くなってくる。
このまま、爆発しちゃいそうだ。
「……いいんじゃない?」
少し揶揄うような響きの声が聞こえた。
言葉の真意が知りたくて顔を上げたら、茜に照らされたジンの笑みが溶けそうな目で僕を見てた。
いや——これ、理性が飛びそう。
腕を伸ばして、ジンの首を軽く掴む。
ジンは別に逃げるでもなく、僕に首を掴ませてる。
今日は、そこまで汗ばんでないけど——肌は熱い。
「そんなこと、言っていいの?」
自分の指にジンの髪が絡んで、思わず力が入ってしまう。
近づけば体温を感じて、なめらかな肌に理性が飛ぶ。
掴んだ首を強く掴んで、唇を寄せてた。
もう、触れたくて——。
触れないと溺れそうで。
唇だけじゃ、足りなくて。
引き寄せて舌で唇を割った。
ジンの体がビクッと退こうとしたけど、ちょっと、離すことができなくて。
僕らは逢魔時が終わるまで、影を重ねてた。
ジンの呼吸を感じながら、グランの言ってた言葉が腑に落ちる。
——リューはそっちじゃないから。
なるほど。
そういうことか。
ジンジンと熱を持つ自分の体を意識して、僕は自分がジンを奪いたい方だって理解した。
この、綺麗な少年が欲しい。
——ジン・アイデンが欲しいんだ。