ペア
結局、ジンに謝ることも出来ないウチに——。
「……ちょっと、ペアを変えよう」
僕たち王太子チームとププラ先生筆頭のチーム、二つチーム合同の訓練の後で、ププラ先生が僕とジンを見て言った。
「しばらく、リューはミザリアと組んで」
「…え? あ、あの」
「気づいてないかい? 攻撃と回復のタイミングが合わなくなってる」
——ああ。
やっぱ、そうなのかな。
ジンも少し硬い顔してたけど、すぐに頷いた。
「分かりました。すみません」
「気づいてんだね?」
「はい。俺のタイミングがズレてるんですよね」
「そうだね。一拍くらいだけど、遅れがちだね。微妙な違和感かもしれないけど、実戦では命取りになる」
「………はい」
ミザリーが心配そうにジンを見る。
「スライムの件を気にしていらっしゃるんですか?」
ジンが困ったような顔で笑った。
「アレは完全に俺のミスだったしな」
「変異種が混ざっていたと聞いてます。ジンのミスとは言い切れません」
「いや。不測の事態に対応できなきゃ、チーム全体の足を引っ張る」
ププラが珍しくジンのそばに寄って、彼の肩を軽く叩いた。
「真剣になるのと深刻になるのは違うよ。肝に命じたら忘れなさい」
僕はすごく恥ずかしい。
ずっと、自分のことバッカリで、ジンがスライムに襲われた時のことを気にしてるって気づけなかった。
——そうだな。
少し頭を冷やすって意味でも、ペア変えは良いのかもしれない。
「ルドルフ殿下。それで、ジンをリューの部屋に移しなさい」
王太子は意外そうにププラ先生を見る。
「なぜ……ですか?」
ププラは艶のある笑みを浮かべる。
ちょっと引くくらいの美形なんだから、そういう笑い方すると迫力あるんだけど。
「なぜ? 聞くまでも無い。ジン・アイデンは古き魔法使いだ。彼だって国の宝だよ。違うのか?」
「……違ってはいないですが、なぜ、同室なのかと聞きたい」
「ジンとリューはペアだからだよ」
「ですが、今……」
銀の髪が軽く揺れる。甘い花の香りが漂うような笑みを浮かべ、彼は僕とジンに微笑んだ。
「二人はペアだ。何度も言わせないで欲しいな。いったん離れるのは、休憩みたいなものだよ。同じ部屋で暮らした方がシンクロもしやすい。聖魔法使いと闇魔法使いのぺアは、他とは違うんだよ」
ルドルフ王太子は、僕とジンを見てから、マルグランダとミザリアを見た。
「ですが……」
「おや、グラン。王太子に言ってないのかい?」
珍しくグラン先輩が真顔になってから、ふっと柔らかく笑った。
「うん。ミザリーは兄貴の許嫁だからね」
「国王の許可はとってあるんだし、隠すようなことじゃないけどね」
「……それでもさ」
珍しく歯切れの悪いグランをミザリーが不思議そうに見る。
「殿下はご存知なかったのですね」
彼女は灰色の瞳を何度か瞬き、それから、王太子をマジっと見つめた。
「私はグランと同室なのです」
「………え?」
「殿下、むろん、同性のルームメイトとは違います。ただ、お互いの生活リズムを覚えることは、魔法発動のタイミングがシンクロしやすくなるそうですから」
ルドルフ殿下は言葉を失って弟と許嫁を見つめた。
「兄さん。勘ぐるのは辞めて欲しいな。僕らはペアなだけだよ」
「私も自分の立場は自覚しております」
ププラが軽く首を竦める。
「王太子殿下。魔法ペアというのは、貴方が思うより繊細なんですよ。ジンはリューの部屋に移ってもらいます。二人はルームメイトですからね。侍従はつけといても良いですよ?」
王太子殿下は、ずいぶんな衝撃を受けてるみたいだ。
まあ、そうか、自分の許嫁が弟とはいえ、違う男と同室で暮らしてるわけだから。心情的に納得しにくいかもしれない。というか、王太子殿下も衝撃を受けるんだね。
側に立ってたベーダ先輩が、王太子の腕を軽く叩く。
「殿下、シッカリして下さい。国王の許可が出るということは、それだけ重要な事なんでしょう。私情に流されてどうしますか。あなたは王太子なんですよ」
「え、あ、ああ。……初耳だったから、少し驚いただけだよ。大丈夫」
アル先輩が諭すような声で言う。
「グランにもミザリアにも侍従はついてる。それに、グランの嗜好は知ってるだろ? あんたが、そんなに引きつるような事じゃないと思うけどな」
ププラが軽く目を細めて、まるで、とどめでも刺すように言った。
「そう。それに、妃は職業じゃなかったかな。殿下はリューにそう言ったって聞いてるけど?」
「…………」
「魔王の復活に真実味が出てきた以上、僕は宮廷魔法使いとしての動きをするよ。魔法使い達の能力が存分に活かされるようにするのが僕の仕事だ」
「…………分かってます。部屋替えの準備をさせましょう」
「分かって頂けて良かった」
ププラが脅すみたいに殿下に笑いかける。
グランは少し投げやりな笑みのままで王太子を見てて、殿下は強張った顔で俯いてる。ミザリーはジッと俯く殿下を見つめてる。
ベーダ先輩もアル先輩も、困ったような呆れたような顔で殿下を見てて——僕は、顔を見られないままジンの靴を見つめた。
——なんなんだろう。
週末には討伐に出るってのに、僕らは少し軋んでるなぁ。