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その日の僕は、グッタリ疲れて部屋に戻った。
討伐場所の説明やら、討伐訓練の事とか、あんまり頭に残ってない。ジンに反応しないようにするだけで必死だったんだよ。
一緒に行動するけど、ジンは全く目を合わせてくれなかった。
僕は聖魔法使いだから、攻撃魔法を使えない。面倒なことに防御魔法も無理なんだ。だから、ジンと組んで攻撃や防御の担当と回復担当に別れる。パーティーメンバーとして、他のメンバー達にも回復魔法を使う。
古代魔法は極力使うなってププラ先生に言われてる。アレはイレギュラーだし、僕やジンの体にどのくらいの負担がかかるかとか、魔力切れのタイミングとかが分かってないからって。
魔法を使ってる時は特に無防備になるから、ペアになったジンが僕の安全に気を配ってくれる。タイミングを測る為に、ジンは僕の腕や背中に軽く触れて魔力の流れを確認する。
触れられれば、そこだけ熱を持ったように熱いし、近寄ればアイツの体臭を感じる。これ以上は嫌われたく無いのに——心臓はバクバクするし、顔に出そうで。
ああ。
もう……しんどい。
きっと、態度がおかしかったんだよな。
ミザリーに心配された。
「リュー。どうかされましたか? ジンと喧嘩でもしたんですか? ずっと眉間にシワが寄ってましたけど」
「え? ああ、いや。喧嘩はしてないよ。大丈夫」
「お二人とも目を合わせませんし。本当に、喧嘩とかじゃないんですか?」
目を合わせたら、赤面しちゃいそうだっただけだ。
まさか、本当のことも言えないし。
「うん。大した事じゃないんだよ。大丈夫」
「……そうなんですか? なら、どこか具合が悪いとかですか?」
「いや、ぜんぜん。ぜんぜん大丈夫だから」
彼女はキュッと唇を噛んで。
「リュー。私では頼りないのかもしれませんが、何か悩みがあるなら相談して頂きたいです。私はリューのお友達のつもりなのですけど……」
目を軽く伏せる。
そんな淋しそうな顔しないで欲しいな。
「え、あーいや。ほら。ま、魔王? 魔王の復活とか考えてたらさ」
少し巻いた黒髪を軽く揺らし、ミザリーはホゥッと小さく息を吐く。
「……魔王ですか。そうですね、そのことを考えると不安になるのは分かります。ルドルフ殿下も他の皆さんも、少し様子が変でしたし、緊張しますよね」
息をついたミザリアが、僕を伺うように見て、迷ったように呟く。
「リュー。リューには好きな人がいますか?」
「へ?」
「あ、立ち入ったことを聞いてごめんなさい。ただ……聞いたことがあるのです。魔王を倒せるのは、古代魔法の使える聖魔法使いだけだと」
——そうか。
ミザリーも知ってるのか。
そうだよな。
王太子妃候補なんだもんな。
「それで……」
「君も僕に恋をしろって?」
ミザリーが目をまん丸にして僕を見る。
「あ、あの」
「そうなー。恋なー。ねえ、ミザリー、恋ってどんなの?」
「ど、どんなの、ですか?」
僕はヤケ気味で頷く。
「心臓がバクバクすること? その人を見たら赤面すること?」
「ひ、人によって違うんだとは思いますが……わ、私は」
——私は?
え?
彼女は一度下を向いて、それから顔を上げて僕を見上げた。その表情は見たことないくらい可愛くて、目がキラキラと輝いて見えた。
「辛くて、苦しくて、でも——幸せなもの、だと思います」
言い終わった彼女はパァッと頬を染めて、照れ臭そうに笑った。
ああ、こんな表情、誰がさせてんだろうな。
「ミザリーには、好きな人が居るんだね」
「……はい」
それは——誰?
聞こうと思ってやめた。
だって、それが王太子以外だったらキツイ話だからさ。
彼女はルドルフ王太子の許嫁なんだから。
「……で、あの、リューは?」
「ああ、僕か」
辛くて、苦しくて——。
もう、溜息しか出ないな。
「どうだろうね。よく、分からない」
「そうですか。それでは、これから会えると良いですね」
「そうだね」
部屋に戻ってボーッと立ったまま、ミザリーとそんな会話をした事を思い出してた。
——と。
「お疲れっすね、リューさん。でも、まあ、分かりました」
スパイクさんが僕を椅子に座らせて、ニコニコと飲み物を用意しだした。
「分かったって何がですか?」
「アンドリューさんの好きな奴ですよ。よく見てりゃ、一目瞭然でしたね。王太子には諦めてもらいましょう」
「……は?」
スパークリングしてる冷たそうな飲み物をテーブルへ置くと、スパイクさんは糸目を開いて僕の前に座った。スパイクさんの瞳って焦がしたキャラメルみたいな色をしてる。その瞳に、今はちゃんと感情が見えた。
父親が息子でも見てるみたいな、優しい感情。
見守ってるっていうのか?
——けど、口から出て来た言葉は。
「あなたが好きな男は、ジン・アイデンなんっすね。分かります。アイツ、良い奴そうですし」
「……は、はぁ?」
「あれ? 隠してるつもりですか? 本人だって気づいてますでしょ?」
「え? ジ、ジンが?」
「そう思いますよ。その事をどう思ってるかは分かりませんが」
——まあ、バレるか。
あんな事をしたんだし。
知ってて、あの態度か……。
キツイなぁ。
スパイクさんはニッと口元で笑った。
「初々しいなぁ。いいでしょう。押していきますよ」
「え? 押す?」
「無論でしょ。僕の見た所、押せば落ちます」
「は? や、え? 押すって……」
糸目に戻ったスパイクは、手を伸ばして僕の頬に触れた。
「そっすね。男なら、押し倒したら?」
「は! な、な、なに、言ってんの!」
「はははは、冗談ですよ」
パッと両手を挙げ、彼はニコニコっと笑って言う。
「好きだって伝えるのが先ですね」
「………」
「告白ってヤツです」
——軽く言うなよ。
僕は目も合わせてもらえないんだぞ。




