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ジレンマ(ジン) 

 早朝の食堂で、裕翔の声を聞いた途端に首筋が総毛立った。


「お、おはよ」

「…おはよう」


 普通に顔が見られなくて、目を合わせないまま挨拶して、逃げるようにその場を立ち去る。


 俺——何をやってんだよ。


 自分で自分にツッコミが入ったけど、無理だ。

 窓際の奥まった席に座って、取りあえず呼吸を整える。


 こんなの、絶対に勘違いさせてる。


 分かってるけど、裕翔の声を聞いたら普通でいられなかった。


「………はぁ」


 部屋替えの前に裕翔が俺にした事には驚いたけど、要するに、アイツは不安になってただけだろ。馴染んできた部屋を出なきゃいけなくて、新しい環境に置かれることが思ったよりストレスになってたっていう。


 ——それだけだろ。

 だから——同室の俺に、ちょっと、甘えたんだ。


 ……甘え、たんだよな?


 そこまで考えて、胸が詰まる気がした。


 アイツ、変なとこで気が強いから人に甘えるって他で見た事ない。

 無邪気に見えるし、懐こい奴だけど——。


 たぶん、アイツが甘えるのって俺だけだ。

 そう思ったら……なんか、息が苦しくなってきた。

 

 首を掴んだ裕翔の指の感触が消えない。

 今も俺の首を掴んでる気がする。


 アイツの指って細いんだよな。

 細くて、冷たい。


 もともと、体温が低いんだろうな。

 朝も弱いし。


 なのに——息は熱かった。

 乾いた唇の間から、湿った熱い吐息が吹き込まれて背筋がゾクッとした。


 ——あ。


 思わず目を瞑って首を振る。


 もう何回目だよ。

 寝れないくらいフラッシュバックさせてんじゃねぇよ。


「………はぁ」


 いつもと同じクラブサンドの味が分からない。


 だいたい、唇が重なったのは二回目だ。

 俺がスライムに捕まった時、俺に呼吸をさせる為に裕翔は口を重ねたんだからな。


 あの時は、ここまで意識しなかったじゃないか——。


 そりゃ、息が苦しくて、それどころじゃなかったけど。

 それでも——ここまでは。


「………はぁ」


 後ろの方で、裕翔と侍従の男が話してるのが聞こえた。

 何を話してるのかまでは聞こえない。


 侍従の男性は、確かスパイクと言ったかな。

 俺の所にも話を聞きに来た。


 裕翔の日常を細かく聞いて言ったっけ。


 朝が破格に弱いこと。

 促さないと水分を取らないこと。

 甘いものが異常に好きなこと。


 思いつく限りを話したら、彼は細めた目を下げて、面白そうに笑った。


「ジンさんはアンドリューさんに滅茶苦茶詳しいっすね。アンドリューマスターって呼んでいいっすか?」

「同室だったからでしょ。変な渾名をつけないで下さい」

「すんません。揶揄うつもりはないんですけどね。お陰で侍従の仕事はやり易そうですよ。有難うございました」


 彼は微妙な笑みを残して退散してった。

 言ってないことだって沢山あるんだけどな。


 アイツは——。


 努力を惜しまない奴だとか。

 なんでも真面目に受け取る奴だとか。

 笑顔が多くて、すぐ落ち込んで、弱々しく見えるくせに案外と打たれ強いとか。


 淡い緑の瞳で、赤みがかった金髪の髪は細い、目が大きくて、男の割りに可愛い顔してるけど——すごく稀に瞳が黒く見えること——とか。


 本人も気づいてないみたいだけど、そんな時のアイツは陽炎みたいに存在が薄い。こっちが不安になって、手を伸ばして存在を確認したくなるくらい危うく見える。


 けど——それは、話さないって裕翔と決めてることだ。


 柏木裕翔の話は、他の奴とはしない。


「………」


 気づけばトレーの上の皿は空になってた。

 いつのまに食べ終わったんだ?


 片付けて教室に行かなきゃな。


 リューの声が聞こえてる。

 まだ、スパイクさんと話してるみたいだ。


 いったん部屋に戻るような話をしてるな。

 アイツ、新しい部屋でちゃんと眠れてるんだろうか……。


 心配しても仕方ない。

 このまま教室に行こう。


 アイツとは、普通に話せば良いだけだし。

 こっちが意識したら、裕翔が困る。


 そう——思ってるのに。


 熱を帯びた息と、触れた唇の感触が消えない。

 アイツの手は今も俺の首を捕まえて、離さないでいる。


「………はぁ」


 参ったな。

 ……大丈夫か、俺。






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