侍従スパイク
朝食を終えて教室に入ると、スパイクさんは手を振って何処かへ消えた。
スパイクさん、少し謎の多い人だよな。
——部屋替えして、すぐの時を思い出す。
新しい部屋は相部屋の倍以上あった。家具なんかもね、グレードが違う感じで、花瓶に花とか飾ってあんだけどさ。ミザリーは、ずっとこんな感じのとこで生活してんのかな、とか思った。
「……ベッドに天蓋って必要なんですか?」
僕の侍従に付けられたのは、スパイクさんは、背の高い男性だった。ヒョロヒョロって細くて、首とか手足とか長い。焦げ茶の髪に焦げ茶の目で、普段は瞳が見えない。なんか、ずーっと目を細めてる人なんだよな。
「王太子の恋人なら、必要なんじゃないっすか?」
「僕は恋人じゃありません」
「そうなんすか? 殿下の様子だと、すでにそういう関係かと」
「ぜんっぜん、違いますから!」
スパイクさんは、性格も掴み所がない。
飄々とした感じで、恋人って発言も揶揄ってるわけじゃないらしい。
「違うんすか。そりゃ、クライドさんも大変ですね」
「……逆に聞きたいですけど、王太子殿下は男の恋人とか作る人なんですか?」
「んー。どうでしょう?」
スパイクさんは、長い指で首をコリコリっと掻いた。
「侍従の話が来た時に、まず、性的嗜好の確認をされましたんで、そうなのかと思ったんですけどね」
「は、はぁ? なんですか、それ」
「間違っても手を出すなって事かと思います」
「いや、手って、あの……マジなんですか、あの人」
スパイクさんがヘラっと笑った。
「大マジでしょう。あれは……」
「勘弁して下さい。僕にはその気ありません」
「そうですか? 勿体無いな」
「勿体無いとは?」
僕の荷物を運び込み、優雅にお茶を淹れながら、スパイクさんは事も無げに言う。
「だって、そういう関係になれば一生安泰じゃないすか。王太子なんか、ゆくゆく国の長ですからね。機嫌を損ねなきゃ贅沢のし放題ですよ? 若い頃から貯金でもしておけば、歳食って放逐されたって食いっぱぐれないでしょ」
……まあ、妾ってそういう感じだろうけどさ。
「囲われるのなんか願い下げです。自分で稼いで自分の面倒みないと一人前とはいえないですし」
「はー。真面目っすね。そういうとこ、気に入られてんのかな。まあ、僕はどっちでもいいですけど。はい、お茶をどうぞ」
——そういう目で見られるの嫌だな。
ミザリーとかも、そういう話が耳に入ったりしてんのかな。
スパイクさんがヘラッと笑った。
「そういう顔しないで下さいよ。まあ、クライドさんにその気がないなら、僕もそういう感じで接しますから。というか、僕としては楽ですけどね。王太子の恋人なんて気位だけ高い、傲慢な小僧かと思ってたんで、庶民派の真っ当な少年でホッとしてるくらいですし」
——それって、遠回しに王太子をディスってないか?
「こういう待遇って、やっぱり、周りからそういう目で見られるんでしょうか?」
「んー。どうですかね。僕は侍従って事で、いろいろ話したからそう思ったわけで、クライドさんはアレでしょ? 聖魔法使いで、古代魔法までつかえるんでしょ?」
「一応程度ですけど……」
「なら、そこまで心配ないですよ」
彼は長い首を傾げて、ニコッと笑った。
こういう笑顔、この人がしたのは初めてかもな。
「古き魔法使いは国宝みたいなもんです。こういう扱いになるのは当然なんで、まさか王太子の個人的な宝だとは思いませんから」
「だーかーらー。それ、やめて下さいよ」
剥れて見せたら、彼は手で口元を押さえてクスクスと押し殺して笑った。
「クククッ。いや、良いですね、あなた」
「は?」
「いやあ、実はププラにも釘を刺されてまして」
「ププラ先生をご存知なんですか?」
「同期なんすよ。アイツ、あんな感じっすけど、心配性でね。くれぐれも宜しくと言われてますよ」
たぶん、僕が少し嫌そうな顔したんだろうな。
「揶揄い過ぎたって言ってましたから、良い印象ないんでしょうけど。アレで、アイツは真面目ですよ。生徒に手を出す人間じゃありません。というか、あなた、モテるって心配してました。意にそぐわない相手に手を出されないように見とけってね」
——なんか、もう、色恋の話ばっかだな。
僕の顔を見たスパイクさんがクスクス笑う。
「そういえば、マルグランダ殿下には、あなたに女の子を紹介してみろって言われましたが?」
「辞めて下さい。本当、今ってそういう場合じゃないですよね。魔物も増えて来てるんだし、魔王の復活って現実味を帯びてきてるんだし」
笑うのをやめたスパイクさんが、真顔で頷いた。
「だからですよ。あなたには、是非とも恋をして頂かないとね」
——ああ。
スパイクさんは王家の側に居る人なんだなって実感する。
《クリスタル・ローズ》の発動条件を知ってるんだ。
——恋かぁ。
教室に入って席に着き、ジンの横顔を横目で見る。
こっちを見ようともしないな。
……謝るタイミングも掴めない。
参ったな。
ブックマーク有難うございます。
頑張って続き書くー!