特典プレイ
——ヒロインがいないって?
「いないの?」
ジンがワッフルに食いつきながら、上目遣いに見てくる。量の多い黒髪の間から、整った顔が覗いた。
「そう聞いてる。なぁ、お前は何で分かりきった事ばかり聞くんだ?」
「え………いや、確認」
切れ長の大きな青い目が、見透かすように僕を見つめる。
「えっと。代表の挨拶とか………緊張してるから。何回も聞いて、ごめん」
「そんなに緊張する事か? ただの挨拶だ」
「人前は苦手だし……どんなことを話せばいいのかとか、分かんないし」
ジンが紅茶を飲みながら言う。
「どんなことって。そうだな、これから学園で学びたい事とかが定石じゃないか」
「学びたい事……ね」
学びたいことなんか無い。
僕は——ただ、元の世界に帰りたい。
「リュー。お前、顔が強張ってる」
「……え? なんか、ダメだな」
片手で顔を覆って俯くと、ジンが呆れたように溜息をついた。
「緊張し過ぎだろ」
「……そうだね」
ご飯を食べたら少し頭がハッキリしてきた気がする。まだ状況が飲み込めないし、一人になって考えたいな。
「ジン。入学式ってすぐ始まるんだったけ?」
「いや。まだ、少し時間があるはずだけど」
「なら、先に行っててくれないかな。寄宿舎に忘れ物した。取ってくる」
「……俺も行こうか?」
「いや、一人で大丈夫だよ」
「お前、朝から変だから心配なんだけど」
「大丈夫だって。式典は講堂だろ? すぐ行くよ」
「……そうか? 遅れるなよ?」
「ああ」
ジンと別れて、なんとなく中庭っぽいところを歩いてく。
空は青いし空気は爽やかで……春だな。
ゲームも春から始まってたしな。
こういうのゲーム内転生っていうのか?
いや、転生って死んでないんだけど。
——死んでないよな?
向こうの自分って、どうなってんだろう。
というか……元の世界に戻れるのかな。
フィクションだと、最後に現実世界に戻るのは稀なんだよな。飛んだ先で青春するのが多い気がする。あるいはゲーム内でウェディングエンドとか、あんのかもしれない。
どっちにしろ、主人公なら——だよな。
ヒロイン不在のゲームクリアって、どうすれば良いんだろう。このゲームって、クリアしないとどうなるんだっけ?
もう少し真面目に若葉姉の話しを聞いときゃ良かった…。
そういや、ヒロインは終盤で《クリスタル・ローズ》なる必殺魔法を手に入れるんじゃなかったか? 姉貴が苦労して手に入れたって騒いでたよな?
——もうね。もうね。恋が実らないと手に入らない魔法だから必死だったよー。これないと魔王が倒せないし。でも、これが手に入ったってことは、ルドルフ王太子と恋愛ルート一直線だよ!! きゃー!! 爆涎スチルを手に入れまくれる! 徹夜で楽しむから邪魔すんなよ!
騒いでたのは覚えてんだけどなー。
《クリスタル・ローズ》ってどんな魔法なんだろう。どうやって手に入れたとかも謎だ。
「…………参ったなぁ」
僕の持ってるこの世界の知識ってのは、若葉姉のウザい情報とオープニング映像くらいだし。
「どうやったら戻れるんだよ」
——ゲームをクリアしてみるしかないか。
姉貴、なんて言ってたかな。
ええと……そうだ。
このゲームはやり込み要素があって、いくつかの難問をクリアしてると——特典プレイが出来る。
そうそう。
そう言ってた。
確か——。
——特典プレイは凄いんだよ! 任意のキャラをヒロイン設定できるの。最推し×推しとか、推し×推しとかのラブストーリーが可能なんて、爆涎のご褒美だよね。絶対に難問クリアして特典プレイの扉開く!!
任意のキャラをヒロインに設定って、どういうことだろうな。
「……ん? ここどこだ?」