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衝動 

 僕が充てがわれることになった部屋は、寄宿舎の端にある個室だった。本来、その部屋は共同生活に向かない学生が使用するって聞いた。家から使用人を連れてくるような、そんな身分の人。


 ミザリーは女子寮に入ってるけれど、こういう感じの個室を使ってるらしい。僕なんか本来は男爵家の者だし、そこまで優遇される立場じゃ無いけど。


「荷物は片付いたのか?」


 声に振り返ると、ジンが相変わらず剣を片手に立ってた。


「……元から大した荷物はないしね」


 寄宿舎生活が基本にあるから、本当に物は少ない。


 彼は自分のベッドに腰掛けて、剣を置いて額に滲んだ汗をタオルで拭う。

 そのまま、汲み置きの水に手を伸ばした。


 最近、暑いもんな。

 剣の訓練をすれば汗だくになるよな。


「部屋替えするとは思わなかったな」

「本意じゃ無いんだけどね。仕方ないのかな——属性が珍しいからさ」

「朝、起きられるのか?」


 笑いを含んだジンの言葉が、ちょっと胸にきた。


「なんか、侍従? つくんだって」

「へぇ。好待遇じゃないか」

「よく知らない人に世話されるのなんか、緊張するよ」

「裕翔は人に世話され慣れてるだろ。大丈夫だよ」


 裕翔って。


 ——あ。

 心拍数上がる。


「ジン。リューって呼んでって」

「あ、ごめん」

「……うん」


 荷物を詰め込んだ鞄を置いて、自分のベッドに腰掛けた。ここから見る景色って、もう見ないんだよな。窓の外に目をやると、強い日差しで色の濃くなった緑が風に揺れる。


 なんか——不思議な気分だ。


 ゲームの中に入り込んだって思ってた頃、自分の居場所なんかない感じだったのにな。ここに座ってると——ここが自分の居場所だったんだなって痛感する。


「世話かー。ジンには本当に世話になりっ放しだったな」

「なに? 感傷的になってんのか? 部屋が変わるだけだろ。クラスは一緒だし、生徒会にも顔出すじゃないか。それに、ププラの授業だってお前と俺はペアだろ?」


 ——まあ、そうなんだけど。


「お前が王太子に連れられてったのには、ビックリしたけどな」

「あ、そうだ。ジンは? ジンの方は大丈夫なのか? ほら、僕が君も古代魔法使えるって漏らしちゃったから」

「大丈夫だよ。俺はもともとがアイデン家だし。ウチは魔法使いの家系だって言ったろ?」

「ん。でも、古代魔法使いって珍しいみたいだから」


 ジンは人の気持ちを落ち着かせるような、あの綺麗な笑顔で笑った。


「俺は大丈夫だよ」


 ——胸がギュッとした。

 やっぱり、アンドリューはジンに惹かれてるんだよな。


 僕としても、彼なら納得だ。

 ジンは良い奴だし、頼りになるし、一緒にいると安心するし。


 額にかかった黒髪を掻き揚げ、飲み干したグラスに新しい水を注ぐ。ジンは本当に綺麗な少年で、僕はこんなに綺麗な男を見たことない。初夏の日差しに肌が焼けて、陰影が濃くなってきて精悍な感じになってる。しなやかで、敏捷で——魅入られる。


「なに? お前も飲みたいの?」


 切れ長の青い目が僕を捉えて、優しい色を浮かべたまま側に寄って来た。

 差し出されたグラスを受け取ろうとして、彼の指に自分の指が触れて体温が伝わってきた。


 ジンの体臭を感じて思考が止まる。

 伸びた首に汗が滲んでて——。


 焼けた肌に少しオレンジがかった形のいい唇。

 その唇が開いた。


「……裕翔?」


 少し掠れた耳障りの良いテノールに、自分の名前を呼ばれて思考が停止する。


 僕は腕を伸ばして、その首を引き寄せた。

 不思議そうな目が瞬いたけど、彼はそのまま顔を近づける。


 指に絡んだ髪が汗で軽く湿ってるのを感じる。

 柔らかな髪が首を掴んだ指を撫でてく。


 自分の首を伸ばして、ジンの唇に唇を重ねた。

 赤味を帯びたオレンジの唇は、思ったより柔らかくて、流れ込んだ呼気が熱く感じ……。


 ——って、おい。


 僕は自分の取った行動にギョッとした。

 呆然としたジンが瞬きもしないで僕を見てる。


 カッと頭に血が上って、ジンの首から手を離して立ちがった。


 うわっ。

 何してんだ、僕は——。


「ご、ごめん。ちょっと、あー。忘れて。じゃ、行くから」


 慌てて鞄を掴んで部屋を出て、耳鳴りみたいな自分の心音で周りの音が聞こえない。

 もう、本当に、何してんだ。


 閉めた扉に寄りかからないと立っていられない。

 両手で顔を覆って扉の前にしゃがみ込んだ。

 体が発熱したみたいに熱い。


 ——ジンの唇、柔らかかった。


 ああ。

 どうすんだよ。

 部屋替えしたって顔合わせんのに。




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