恋人候補
グランが足を組んで軽く身を乗り出した。
「ああ、その顔は知ってるね?」
「ええと、本で読んだ範囲なら」
「古語の本か、詩篇だよね。うん。なら、知ってるかな。対魔王戦において、聖魔法使いには恋人の存在が重要になってくるの」
僕が少し俯くと、彼は勇気付けるように微笑んだ。
「古代魔法は使えないけど、僕も聖魔法使いだからね。調べたことがあるよ。王家には《クリスタル・ローズ》に関する記述も多く残ってるしね」
……えっと。
「あの、グラン先輩は古代魔法が使えないんですか?」
「ん? うん。僕を気に入ってくれる精霊は限られてるんだよ」
その精霊ってのがね。
僕にはちょーっと分からないシステムなんだが。
ルドルフ殿下が立ち上がって、僕の隣に来て座る。グラン先輩が軽く目を細めて睨んだけど、殿下は意に介さないで続けた。
「リュー。古代魔法というのは、限られた者にしか使えない。属性の垣根を超えて、精霊全般に愛される必要があるんだよ。その資質については、今まで多くの魔法使いや研究者が調べたけど、ハッキリしたことが分かっていない」
——まあ、特殊だったり、特別だったりっていうのは、ゲームの主要キャラにはよくある事だけどさ。
「君の友人のジンはアイデンの血筋だ。アイデン家というのは、古い魔法使いを何人も輩出して来た家系でね。彼が古代魔法を使うというのは十分に納得できる。けれども、彼は聖魔法使いではない」
ああ——そうだね。
ジンに《クリスタル・ローズ》は使えない。
「それでもね。対魔王戦において、古代魔法使いは重要な位置につく。魔王には古代魔法がよく効くんだ。ジン・アイデンくんには今後も期待したい。で——」
ルドルフ殿下が手を伸ばして、僕の手を握った。
おお?
思わず身を引いたんだけど、これ、手を振り払ったらダメか?
不敬罪ってことになっちゃうのか?
「兄さん。リューが強張ってるじゃないか」
「……リュー、僕が怖いかい?」
殿下は哀しそうな顔で僕の手を離した。
「えー、えっと。ルドルフ殿下は王太子殿下であられます。僕の身分としては、畏怖の念を抱いても仕方ないかと」
「身分か……。僕が怖いわけじゃない?」
「へ? えっと」
思わずグラン先輩に視線を送る。
思い切り助けてって気持ちだったんだけど——。
「リュー。僕を見てくれないか?」
ルドルフ殿下が僕の顔を自分へ向けさせるから、淡いブルーの瞳を思い切り覗き込んでしまった。
「アンドリュー。僕はね、君の恋人候補に入れて欲しいんだよ」
「…………あ…の?」
そういう熱を帯びた目で見ないで欲しいんだけど——と。
完全にフリーズしてた僕の後ろから、首を抱くように腕が回された。
甘いようなフローラルで上品な香りがする。
「兄さんがリューを口説くんなら、僕も名乗りをあげるけど?」
み、耳元でグランの甘い声が……。
「僕にしとかない? 可愛がってあげるけど?」
いや。
いやいやいや。
なんだ、この状況。
なんか、もう、いろいろ間違ってるだろ。
「ぼ、僕は男なんですけど!」
「あれ? そんなの気にするタイプなの?」
「君の性的嗜好は女性なのかい?」
この王子達は——。
「だいたい、王太子殿下にはミザリーがいるじゃないですか!」
ルドルフ殿下がピクッと強張ってから僕の手を離した。
「やはり、そこか……君とミザリーは親しいしね。けれど、分かって欲しいな。妃というのは職業のようなものだよ。彼女も理解していると思うが」
「親しいっていうか、彼女は僕の親友ですから! ミザリーが悲しむのは見たくないですし、彼女を大事にして欲しいです」
王太子は目に見えて狼狽してから、シュンとした。
「分かっているよ。ミザリアをないがしろにする気は無い。ただ、僕は——」
グランが僕の首にぶら下がったままで、小さく笑った。
「諦めなよ、兄さん。あなたは一人の男である前に王太子なんだから」
「グラン。そんな言い方をされると、お前に王位を押し付けたくなるな」
「無茶言わないで。僕は女の子無理だから——って、ねえ、リュー。君の性的嗜好は本当に女性?」
なんか矛先が戻って来た。
「……たぶん」
「たぶん?」
「実際、そういうの分からないですから」
「誰かを好きになったことない?」
「……ないです」
グランが僕の耳元でククッと愉しそうに笑って、首に回した手を持ち上げて頬に触れた。
「なら、試してみようか」
「!!」
「グラン!」
王太子の引きつった声を聞いたグランは、パッと僕の首から手を離してゲラゲラと笑い出す。
「ははは、冗談。冗談だよ。リューの反応を見たかったんだ」
「せ、先輩!」
「だって、リュー可愛くて。兄さんも絶望の表情は辞めて、面白くて笑い死ぬ」
頭を抱えた王太子を、流すような目で見てグランが言う。
「兄さん。自分の気持ちを押し付けるのは得策じゃ無いよ。《クリスタル・ローズ》はリューが本気で恋をしないと発動しない。それに、相手も彼を本気で望まないと使えない代物だって知ってるでしょ?」
グランはニコニコっと笑う。
「だから、君の性的嗜好は気になるんだよね。君が女の子が好きだっていうなら、そういう感じでお膳立てしないとならないからさー」
——お膳立てって。
「グラン先輩。そういうのは、お膳立てされても無理じゃないでしょうか?」
「んー。そうでもないでしょ? 恋なんか錯覚が大きいし。思い込めばわりといけない?」
「いけないです」
グラン先輩はクスッと笑う。なんで、この人は笑顔で煙幕を作るのかな。
「僕の見立ててでは、君は兄さんと一緒でバイだと思う。ついでに、兄さんに言っとくけど、リューはそっちじゃないから」
——そっち?
不思議に思ってグラン先輩を見ると、悩ましい目で僕を見た。
「ね、リュー。そいう意味なら、君は僕との相性の方がずっといいと思うよ」
「……あの?」
なんか、全く意味がわからない。
そっちとか、あっちとか。
姉の影響でバイの意味は分かるけど……バイセクシャルのことだよな。
え? 僕ってバイセクシャルなの?
すっかり意気消沈した感じのルドルフ殿下が、大きくため息ついた。
「分かった。リューを王宮に住まわせるのは保留する。今まで通り寄宿舎で過ごすといい。ただ、部屋は一人部屋に移ってもらうし、侍従をつける」
グランがさらに受けて笑い出す。
「往生際が悪いなー。ジンとの間柄を後押しするくらいの気概はないの?」
「煩い。これでも精一杯の妥協だ。僕はリューを自分と相部屋にしたいくらいなんだからな!」
「まあ、いいけど。僕もリューを手に入れてみたくなったし」
「グラン!」
「人の恋路はじゃましないでね、王太子殿下」
えーと。
なんか、いろいろ隠すつもり無くなったのか、この人たち。
自分と切り離して考えてると、そこまで慌てないで済むけど。
彼らが取り合ってるのはアンドリューで僕じゃ無いし。
——裕翔。
ふっと、ジンの声を思い出してギクッとなった。
彼だけは僕を本当の名前で呼ぶ。
僕が誰だかも知ってる。
そう思うと胸がザワザワする。
あの声で、裕翔って呼ばれ続けるよりは一人部屋の方が気が楽かも——。




