チョコ
熱は一晩で下がったけど、ジンに強く言われて次の日も休んでた。まあ、移さないで済んだみたいだから、良しとしようかな。
剣技大会が中止になった事はクラスの壁に張りださてれた。気落ちする生徒と喜ぶ生徒がいたんだけど、クラスメイトの中では体が大きく、ジンに並ぶほど練習熱心だったカーゴって奴は見るからに落ち込んでる。
「なんだよー。楽しみにしてたのに」
「……カーゴくんは剣が得意だもんな」
張り紙の前で萎れてる彼に声を掛けたら、思いの外に食いついて来た。
「そうなんだよな。俺は勉強も魔法もそこまで得意じゃないから、剣技くらいでしか点数稼げないのにさ」
「そう? 君の火炎魔法って威力が大きいって聞いたけど?」
「はははは! そうか? お前、良い奴だな、クライド」
喜んで貰えるのいいけど、バシバシと背中叩かないで欲しいな。力が強いから痛い。カーゴは濃いグレーの堅そうな髪に黒目の男なんだが、僕を見下ろしてニッと笑う。笑うと愛嬌のある表情になって面白い。
「お前ってさ、階級高い奴らと一緒にいるから話しかけ難かったけど、思ったより話しやすいんだな」
「え? 僕って話しかけにくいの?」
「だってさ。チェミンとかアイデンとか——それに生徒会だろ?」
「あー。ああ、そうか。そうだね。でも、ミザリア嬢もジンも話せば気さくだよ?」
カーゴは大きな体を少し屈めて、ニコニコって笑う。なんか、大型犬みたいな男だよな。
「お前は頭がいいから、向こうも付き合うんだろうけど。公爵家の令嬢とか、伯爵家の子息とか、俺なんかだと気後れするんだよ。ウチは貴族っていうか、準貴族だしな」
「準貴族?」
「騎士の家系なんだ。だから剣は子供の時から叩き込まれてさ」
「そうかー。カーゴくんの剣技は見たかったな」
この大きな体から繰り出される剣なら、さぞや迫力があったろう。
「はは、お前、本当に良い奴な」
すると、彼は太い腕を伸ばして僕の頭をクシャクシャと掻き回した。僕の頭は彼の肩くらいまでしかないから、そりゃ撫でくり回しやすいだろうけど、髪が乱れる。
「ちょ、止め——」
僕が言う前に、側に来たジンがカーゴの手を軽く払った。
「同級生を子供みたいに扱うなよ。嫌がってるだろ」
ジンに睨まれ、カーゴが軽く眉を下げた。
「ん? んー? 嫌だったか、クライドくん。すまん。君って俺の弟と同じくらいの大きさでな」
「嫌ってことはないけど、髪が乱れるからさー。ここの風紀委員は身だしなみに煩いでしょ」
「はははは! 確かにな」
「寄宿舎に戻るぞ、リュー」
僕の腕を引いたジンが、どこか不機嫌な声を出した。そんなんだから話しかけ難いって言われんだぞ。本当は凄く話しやすい奴なのにさ。
「ああ。じゃ、カーゴくん。また!」
「おう、またな、クライド!」
廊下に出るとジンがギロって横目で睨む。だから、ジン、君は目力が強いんだから——睨むなよ。
「リュー、自分を軽く扱わせるのは止めろよ」
「は? 軽く?」
「面倒事に巻き込まれるぞ」
「?」
今ひとつ言ってることが分からないな。
「……簡単に肩や背中に触れさせるとか、髪を撫でさせるとか」
「いや、えーと。そういうの、仲間内でならするだろ? ここでは違う?」
「仲が良かったらするけどな。昨日今日で話をするようになった奴とはしない」
「そうなの……分かった。気をつけるよ」
マルペーザマルモには、マルペーザマルモの常識とかあるんだろうしな。
——と、ジンはどこか苦い顔になる。
「お前は素直過ぎだ。少しは疑え」
「え? 何を?」
「何でもない。ああ、そうだ、コレやる」
ポケットから小さな油紙の袋を出したジンは、僕の手にソレを押し付けた。
「なに? って、うわ、チョコ」
「家からの荷物に入ってたんだけど——」
「嬉しい! チョコ好きなんだよ。もうさ、夢に見るくらい好きで」
「……夢?」
僕はこの間の味はすれども食べた感のない夢の話をした。
「そんなに好きなのか」
「好き。好きだね。大好きだ」
「……そういうの、連呼しなくていいから」
呆れ顔のジンは、居心地悪そうに僕から視線を外す。
行き過ぎる生徒が、不思議そうに見てた。
——ちょっと、テンション上げすぎたかな。
「全部やるから、そのまま宿舎に戻ってろよ。俺は寄るとこあるから」
「え? 全部?」
「俺は甘い物は、そこまで好きじゃない」
「そうなのか? ありがとー! ジンはどこに行くの? 僕もついてっちゃダメ?」
「……菓子なんか持ち歩いてると、没収されるぞ」
「!! それは嫌だ。分かったよ、部屋に戻る」
「ああ、そうしろ。じゃな」
どこ行く気なんだろ。
——というか、ジンだって、このチョコ持ち歩いてたくせにな。
まあ、いいけど。
部屋に戻って食おう。
ブックマークありがとございます。
投稿の順番間違えて、ちょっと凹んでたので嬉しいです(^^)




