熱が上がる
授業中は喉が痛いかなって思うくらいだったのに、部屋に戻ってベッドに入ったらガッと熱が上がったようだ。夏だって言うのに寒気がする。関節も痛い。
……こんなにガチの風邪とか、何年ぶりに罹ったんだろ。
そう言えば、小学生の頃にインフルエンザに罹った事があったな。アレは辛かった。
母親が珍しく仕事を休んで、側に付いててくれたっけ。ご飯も食べられないでいたら……フルーツゼリーを買って来てくれたんだよな。
ああ、喉が痛いな。
ミザリーに貰った飴……机の上だ。
起き上がるの嫌だな。
喉と関節の痛みを我慢しているうちに、眠ってしまったらしい。
ジンの声で目が覚めた。
「おい、大丈夫か?」
「……ん」
「水飲んだ方がいいぞ」
分かってはいても、体に力が入らない。ジンに起こされ、抱えられるようにして水を飲ませてもらう。水は冷たくて甘く感じられた。すごく美味しい。
「薬は飲んだんだよな?」
「飲んだ」
そのままベッドに戻され、ウツラウツラしてたら額に冷たいタオルが置かれた。関節の痛みは消えてる。喉の奥だけが少し痛い。
「……ジン。今日は客室借りなよ。風邪が移る」
「大丈夫だよ」
「でもさ」
「そんな事より、病人はさっさと寝ろ」
彼がポンと僕の頭に触れる。言葉の強さに比べて、その手は優しい。
——弱ってんだな。なんか……甘えたくなる。
そのまま、また、半睡半覚で、どのくらい眠ったのか。
軽く揺すられて目が覚めた。
「……裕翔。お前、飯は食えるか?」
「あー、ゴメン。ちょ、無理」
「なら、果物は?」
「……果物?」
顔を上げるとジンの青い目が覗き込むように僕を見てた。
心配そうに軽く細められてる。
「食堂でプラムもらって来たからさ。少しだけでいいから食べろよ」
彼はそう言うと枕の位置をを少し調整して、頭が高くなるようにしてくれた。近くで皮を剥いてるみたいで、瑞々しい甘い匂いが漂ってきた。
「ほら、口を開けろ」
「……ん」
ジンはナイフで器用にプラムを削いで、僕の口に放り込む。
——あ、甘い。
口の中に果汁が広がって、噛まなくても舌で潰してしまえる。飲む混み時、少し喉が痛んだけど、コレならなんとか食べられる。
「もう少し食べるか?」
「……うん。美味しい。甘いね」
「はは、味は分かるんだな」
「ん」
そうやって、何度か僕の口にプラムを入れてくれたジンが、急にククッって笑った。
「……可笑しい?」
「いや。裕翔、俺の指まで食べようとするからさ。なんか、擽ったい」
「え? あ、ごめん」
「いいけど、口の中が熱い。まだ熱が高いんだな」
濡れたタオルで僕の口元を拭いて、たぶん自分の手も拭いてる。目を開けてるのが少し辛くて、瞼を閉じてたら、枕を戻してくれた。額の上に濯ぎ直したタオルを乗せてくれる。冷たくて気持ちいい。本当にマメな奴。
「起こして悪かったな。けど、少しでも食べられて良かったよ」
ジンは囁くみたいな声で言うと、僕の髪を撫でた。肌に当たるジンの手は冷たくて気持ち良かった。
そのまま、どのくらい眠ったのか。
気づくとランプの灯りが絞ってあった。
隣のベッドから、ジンの寝息が聞こえてる。
深夜なのかな。
解熱剤が効いたのか、体は少し楽になってたけど汗だくだ。着替えなきゃと思って起き上がると、机の上に着替え一式と乾いたタオルが置いてあった。
——ジンが用意してくれたのか。
有り難いことだな。体調が回復したらお礼をしなきゃ。
体を拭って着替えたら、少しサッパリした。汲み置きの水を飲んで、喉の痛みが消えてることに気づく。外はまだ暗いし、寝なおすことにした。
少しフラつくみたいだな。
迷惑をかけたなぁ——早く、治るといいけど。
唇に軽い違和感を感じると思ったら、ジンの囁く声が聞こえた。
——お前さ、指とか舐めるなよ。変な気分になるじゃん。
腹の中心がカッと熱くなるような、なんとも言えない声音で囁きながら、彼の指が僕の唇をなぞってく。
——ただでさえ弱ってて、保護欲そそるのにさ。
指が……唇を割って口の中に入ってくる。
ジンの指が舌に絡んで、口の中でチュッと小さな音を立てる。
頭の奥が痺れてくるような気がした。
——熱、下がったな。
指が引き抜かれ、軽く唇に触れて離れてく。
なんだろう。
体温計の代わりなのかな?
違う感じに熱が上がってきそうで、僕はギュッと硬く目を瞑った。