触りすぎ
ルドルフ王太子は微笑を浮かべて弟を見た。
「組み分けは総魔力量に従っている。この人選はメイザーからのアドバイスを踏まえてるんだ。私欲だとでも思ったのか?」
「……あぁ」
グラン先輩は納得したように僕とジンに視線を移して、目を細めてから小さく息を吐いた。
「なるほどね。ごめん。本当に私欲かと思った」
「そういう判断はしないように訓練されてる。お前もだろ、グラン」
「そうだよねー」
「それに、そういう判断基準に立つなら、ププラにリューを任せるのには懸念がある。離した方が安心だろ」
吹き出したグラン先輩が、僕の頭に手を伸ばしてクシャクシャと髪をかき混ぜた。
「本当、この子って心配になるよねー」
「え? ちょ、グラン先輩、頭やめて下さい」
「リューはモテるから、目を離したくないんだけどな」
「は? どういう?」
「んー。実戦は人の目が途絶えたりするし、緊張と好意を勘違いさせやすいからね。狙った獲物を手に入れやすい状況が作れるじゃないか」
「いや。先輩。獲物って……」
「まぁ、ププラと離れてるだけでも安心か」
——まあ、確かに。
あの人の考えてることは理解不能だけど。
「ま、そっちの班でもジンがついてれば問題ないかな。ジン、この子を頼んだよ?」
グラン先輩に含んだ笑みを贈られたジンは、苦い顔しながら頷いた。すげー苦い顔してるんだけど、本当は頷きたくないとか思ってないか? 僕のお守りはごめんだとかさ。
ジンはハーっと肩で息を吐いてから、王太子にハッキリと聞いた。
「それで、いきなり実戦という事ですけど。この状況は……魔王と関係してますか?」
「……いや……。まだ調査中だ」
「そうですか」
「どうして、そう思った?」
「前の復活から五百年は経ってますし、そろそろかと」
王太子は少し目を伏せてから、軽く頷く。
「そうか…君はアイデン家の息子だったね」
「そうです」
そう。ジンは魔法省に努める父親を持ってるし、代々魔法で国に貢献してきたアイデン家の息子だもんな。彼なら多少の噂を聞いてて不思議じゃないって王太子も思うよな。
それに、まあ、十中八九、魔王がらみだろうし。
春に始まったゲームだと考えれば、そろそろ夏。ゲームの進行にも変化が出てくる時期だ。
ゲーム的には魔王の復活まで七、八ヶ月か——。
古語はだいぶん読めるようになったけど、まだ《クリスタル・ローズ》の取得には至らない。少し、急がないといけないのかな。
「リュー?」
ジンに呼ばれて顔を上げると、生徒会の皆様が全員で僕を見ていた。ルドルフ殿下が、心配そうな目をする。
「不安かい? 一年生の君たちを、いきなり実戦に駆り出して本当にすまないと思ってる。全力でカバーするよ」
「え……あ、すみません。そういう懸念ではないんですけど」
不安がないわけじゃないけど、そういう目でジッと見ないで欲しいな。
僕はあなたが少し苦手なんだよ。
「今進めてる剣術大会の資料は棚上げってことですよね?」
「ああ、そうだね。状況が把握できてるまでは、大会どころじゃなくなってしまったから」
殿下は首を軽く傾げてから、僕を伺うように笑う。
「すまないな。せっかく準備してくれてたのに」
「いえ。大丈夫です。優先順位っていうのはありますから」
だから——そういう目で見なくていいから。
グラン先輩がスッと腕を伸ばして、もう一度、僕の頭を撫でた。
「んー。やっぱり、不安」
「頭を撫でないで下さい。グラン先輩」
「だってさ、リュー。君は貴重な聖魔法使いだし。欲しい奴はたくさん居るし」
「グラン先輩だって、一緒じゃないですか」
「僕? ははは、大丈夫だよ。僕に手を出すような命知らずはいない」
アル先輩がグラン先輩の手を退けて、僕の頭に自分の手を乗せる。
「グランの心配はいらねぇよ。この容姿に騙されて、コイツに心を折られた奴は売るほどいるが、コイツに届いた人間は一人もいねぇ。性別に関係なく切り捨ててんだ。グランは容赦がないからな。リューは自分の心配しとけ」
大きな手で頭を撫でながら、アル先輩がニコッと笑う。
「お前って、弟みたいに思えるんだよな。ほっとけない感じがする。なー、ジン」
急に名前を呼ばれたジンが、目を見開いてから、ふいっと目線を外らせた。
「……俺には弟が居ないので分かりません」
「ははは、俺にも弟なんかいねぇよ。そういう感じがするってだけだ」
グラン先輩がパシッとアル先輩の手を払って、軽く眉を顰める。
「リューを撫で回すなよ」
軽く睨まれたアル先輩は、白い歯を見せて笑った。
「いいじゃんか。なんか撫でたくなるんだよな。触り心地いいし」
切れ長の銀色の瞳が、優しく細められる。
確かに、こんな感じの兄貴がいたら懐くよなー。
頼り甲斐あって優しいし、何だかんだと面倒見が良いしね。
「アル先輩みたいな兄貴なら、欲しかったですね」
僕がそう言ったら、先輩はキョトっとした顔してから照れたように笑った。グラン先輩が払った手を、また僕の頭に乗せてポンポンと軽く叩く。
「お前って素直だな。可愛い奴」
——と。
今度はジンが先輩の手を軽く払った。
「触りすぎです」
アル先輩がククッと笑って、苦笑を滲ませる。
「はいはい。ごめんな」
ジンは真顔のままで、ふいっと横を向く。
——僕ってのは、何扱いなんだろな。