ヒロイン不在
寄宿舎の食堂は、並んでるオカズから自分で選んでトレーに乗せてく感じだった。
しかも、和食が普通にメニューにあるんだよな。
世界観適当すぎ。
ジンが僕のトレーを見て不思議そうにしてる。
「奇妙なの選ぶな」
「奇妙? 普通に和食だけど」
「和食?」
「……東の方にある不思議の国の食べ物だよ」
ここの世界に日本があるとは思えないけど。
ゲーム制作の人が日本人だったんだろうな。
紅茶とワッフル、卵にベーコン。
洋風な食事をチョイスしたジンは、戸惑った様子で僕を見てる。
「……どうやって食べるんだ、その茶色の豆」
「醤油をかけて混ぜて、米にかけて食べる」
「醤油?」
「ソイソースの事だよ」
「変なとこに知識があるんだな。アンドリュー・クライド」
「もう面倒だから、リューって呼んで」
確かアンドリューの愛称はリューだったはずだ。
ゲームが進んで親密度が増すと、リューって呼ばれてたはず。
「……リュー。なら、俺のことはジンでいい」
「ああ、そう呼ぶ」
しかし、さすがの乙女ゲー。
もう、ここは乙女ゲーってことでいいだろ。
姉貴のハマってた《マルペーザマルモ〜ラビリンスオブディスティニー〜》だ。
着てる制服だって見た事ある。
焦げ茶の制服は、ほぼ軍服的デザイン。
施されてる刺繍は御貴族様仕様だ。
——ジンには似合ってる。
というか、男の僕がトキメクって、どんだけ美形なんだ、ジン・アイデン。
乙女ゲー仕様ってことなんだろうけど…。チラッと見たけど、目の前のジンは同い年とは思えない落ち着き方をしてるし。
まあ、それはいい。
そういう場合じゃない。
——僕は納豆飯を掻き込みながら、必死で思い出してた。
姉貴のやり込んでたゲームなら、攻略対象は六人。オープニング映像に出て来た男達だ。
まずは——。
納豆飯を掻き込む僕を、眉を顰めて見てる目の前のコイツ。
ジン・アイデン。
アンドリューと同室の十六歳。
実は、それしか分からない。
後は……。
ルドルフ王太子。
ヒロインの二つ上、十八歳。
金髪碧眼の王子キャラ。姉の最推し。
他に分かるのは、断片的な名前だけだ。
ベーダ。
アルゲルト。
ププラ。
もう一人の名前は分からない。
その名を持つのが、どのキャラかも分かってない。ジンが分かったのは偶然だ。
ジン・アイデンも——姉の推しだったんだよ。
まあ、最推しはルドルフ王太子だけど。
このゲームってヒロインがイケメンとパーティーを組んで魔王を倒す。その過程で攻略対象を落とすゲームだってのしか知らない。やってたの姉貴だし。
どっちか、言ったら、ヒロインがイケメンを落とすのがメインのはず。
——そういや。ヒロイン。
「なあ、ジン。僕が入学式で新入生代表の挨拶するって言ってたか?」
ジンが何か言いたそうにジッと見た。
目力強いな、君って。
「……ああ。お前は魔法学園に首席で入学したらしいからな」
「僕が?」
——なんか、おかしいな。新入生代表の挨拶はヒロインだったはずだ。そこからゲームが始まるんだろ? 庶民出ってことで降りかかる困難を乗り越えて、攻略対象を落とすんだよな?
「それって、庶民の女の子じゃなかった?」
「なに言ってんだ? ソルティソ魔法学園は、貴族の子息子女しかない。特別枠で庶民の子が入ることもあるけど、今年はいないって聞いてる」
——いない。
ヒロインがいない?
背筋がプツプツと泡立つ気がした。
え……ここ、姉貴のやってたケームじゃないってこと?