親友
古代魔法の発動にはビックリしたけど、寮長には属性魔法の誤爆って説明でなっとくしてもらえた。僕はよく分からないんだけど、闇属性の魔法ってコントロールが難しいんだそうで、ジンのせいになっちゃったのが不本意だ。
——けど。
「古代魔法の訓練は二人でした方がいいな。俺も取得したいし、コントロール間違えても言い訳しやすいだろ」
ジンがそう言ってくれて、夕食後に少し外で練習したりするようになった。
二人でね——。
ジンが付き合ってくれるんですごく心強い。
まあ、一向に甘い雰囲気にはならないんだけどね。
学園の授業っていうのは、午前中はメーザちゃんの授業で、普通授業を受ける。まあ、国の歴史や近隣諸国の歴史、数学や地理なんかを勉強する。元の世界の授業に比べると普通授業はそこまで難しくない。
午後になると、クラスを変えて属性魔法の授業になる。魔法の授業は、やっぱり少し特殊で戸惑うことも多い。聖属性の魔法使いは攻撃魔法が使えないって事で、闇属性の二人とチームを組む。
魔力量や経験を考慮して、僕はジンと、グラン先輩がミザリーとパートナーになってる。ププラ先生が決めたわけだけど——。
「そこ。くっつき過ぎない」
唇を尖らせたププラ先生が、僕の腕を掴んで引っ張る。
ジンが僕の手を掴んで先生に抗議した。
「近くに居ないと、タイミングが掴みにくいですけど?」
先生は目を少し細めてジンを睨んだ。
「そんなこと無いだろ。グランとミザリーは、君たちほど近くない」
「……経験の多いグラン先輩と一緒にしないで下さい」
——と。
いきなり、ププラ先生に腰を掴まれて引き寄せられ——。
「触るなって言ってんだよ。リューは僕の庭に迷い込んで来たんだから、僕の玩具なんだよ!」
この先生、何を言ってんだ?
ジンが眉間にしわを寄せて、キツイ視線で先生を睨みつける。
「リューは、あんたの玩具じゃない」
「教師を捕まえて、あんた、なんて言うか? ジンは可愛くないね、少し——」
ドンっと音がしたと思ったら、ミザリーがププラを突き飛ばして僕の腕に抱きついた。
「いい加減にして下さいませ! リューはププラ先生のモノでも、玩具でも御座いません! 先生は御自分の噂をご存知ないんですか? 少年偏愛の危険人物と認定されていらっしゃるんですのよ? それ以上のセクハラは同級生として、お友達として、決して許しませんわ!」
——おお。
あのミザリーが眉を吊り上げ、顔を真っ赤にして先生を怒鳴りつけてる。
というか、少年偏愛って聞き捨てならないな。
「リュー。大丈夫ですか? あの変態教師に触られて、変な魔法を使われたりは?」
「へ? いや、うん。大丈夫」
ゲラゲラと、場にそぐわない笑い声を上げたのはグラン先輩だった。
「くっははははは、あはは、はははは」
お腹抱えて転がってるんだけど……。
気圧されたミザリーや僕、苦い顔してるジンを他所に、ププラ先生が膨れっ面になる。
「ちょっと、グラン?」
「いや、あははは。ごめ、すごく、面白……くっくくく」
ミザリーが真っ赤になったままで抗議する。
「な、何が面白いというんですか! リューは教師という権力者に玩具扱いされているのですよ!」
グラン先輩は、本当に面白そうに顔を歪め、片手を上げて待ったの姿勢になった。
「いや。笑って、ごめん。あのププラが、淑女のミザリーに突き飛ばされるとか、面白過ぎて」
「お友達が嫌な目にあっていれば、助けようとするのは当然ではないですか!」
——ミザリー。
僕は思わず胸がジンっと熱くなる。
「うん。そうだよね。ほんと、ごめん。でもさ、ププラって言えば、泣く子も黙る宮廷魔法使いでさ。国王でさえ一目置いてて、みんな、怖がって近寄ろうともしないんだよねー。それに、噂は噂だよ。半分くらいは僕のせいだし」
ミザリーは意固地な子供みたいにギュッとププラを睨む。
「だから何だと言うのです。畏れられている魔法使いだからといって、何でもして良いわけではありません。噂を肯定するような行動を取る先生が悪いのです。次にリューの体に触ったら、私が許さないので、覚えておおきなさい!」
困ったように眉を下げ、複雑な表情になったププラ先生は——。
「なら、ジンはどうなの? リューの背中にピッタリ手を添えてたけど?」
ミザリーの方眉がピクッと上がったと思ったら、彼女は胸元から扇を取り出してパンと音を立てて広げた。すると彼女の影が伸びてププラ先生の後ろに立ち上がる。
——おお、すげー。
ミザリーはいつの間にこんな魔法が使えるようになったんだ。
「先生にはリューの表情が分からないのですか? ジンに触れられていても、リューは嫌そうな顔は致しません。二人はご学友であられる上に、ルームメイトでいらっしゃる。信頼の度合いが違います! 触りたいなら、信頼を得る事ですね。リューだけではなく、私やジンからも!」
グランが、また、吹き出して転がる。
今度は何で笑ってるのか、僕にも理解できた。
ププラ先生が強張って、ミザリーを恨めしそうに見てるからだ。
「分かったよ。もう。これだから、闇魔法使いは苦手なんだよ。感情の抑制が苦手なんだから」
「本当にお分かりになりましたの?」
「玩具扱いしない。許可なくは触らない。これでいいかい? それにね、玩具扱いなんかしてない。言葉のアヤだよ。僕はリューの能力を高く評価してるんだからね?」
ミザリーがパンと音を立てて扇をたたんだ。
と、同時に影が彼女の元へ戻ってくる。
「……宜しいでしょう。リューに関しましては、ミザリア・チェミンの親友として相対して頂きます」
「親友ねぇ……」
灰色の瞳に鋭い光が宿る。
「ご不満でも?」
「いや。未来の王太子妃が親友って、リューはものすごく出世したなと思ってさ」
「そうですね。リューは、この後、無二の親友にまで出世する予定です」
グランは押し殺して笑ってるし、ジンは相変わらず苦い顔してる。
こうまでして僕を庇ってくれる友達なんか、あっちには居なかったよ。
僕はミザリーの手を掴んで、心からのお礼を言った。
「ありがとう、ミザリー。君の親友なんて光栄にもほどがあるな」
彼女はパッとはにかんだように笑った。
「私の言葉を受け入れて下さって、私こそ光栄ですわ!!」
ププラがふかーい溜息をついた。
「……とんだ伏兵だよね」




