図書館
僕の最優先事項は古語の習得だ。
ここが姉貴のやってた乙女ゲームの内容に沿ってるなら、ヒロインであろう僕が攻略対象の誰かと恋に落ちてしまえばいい。そうすりゃ、古代魔法が取得できる。
けどなー。
実際、僕がなぞってるのって本編のストーリーじゃないだろ。
姉貴の言ってた特典プレイの方だよな。
あのバカ姉貴、たぶん、ヒロインを推しのアンドリューでプレイするつもりだったんだろうけど。
——だから、金の扉が開いたんだよな?
こういうの、人生的にもバグなんかね。
……。
最近は、元の生活に戻りたいのか分からなくなって来てる。
僕は元々が人見知りの激しいオタク気質で、友人って呼べる友人はそんなに居なかったし。親だって、出来の悪い僕より、外交的でアグレッシブルな姉貴に期待してた。姉貴は何でも取り敢えずトライするって人間で、始めた事にはのめり込む。
のめり込んで——其れなりの結果を出してしまう人間だ。
ほんと、遺伝子の配列の問題かなんかね。
全然、敵う気がしなかった。
乙女ゲームだって、友達づきあいの一環で始めたくせに、確か友達より早く全クリしたって自慢してたしな。
ここでは自分の目的がハッキリしてるから、楽だ。
何に対して努力すればいいのかわかってるし、それが自分でも納得できるゴールに向かってる。
進んでる道が、自分の望みなのか、人の望みなのか、常識なのか、流れてるだけなのか、全然分からなかった元の世界より呼吸しやすい。
——いかん。
ネガティブになってきてる。
僕はブンブン頭を振って、目の前の目的に向かわなきゃって思った。
そんなわけで、空いた時間を使って知の殿堂、図書館へやって来たわけだが……。
「すげぇ」
ちょっとした国会図書館並み。
国会図書館なんか行った事ないけど。
建物は一つの塔になってて五階まである。その壁面にグルッと本、また本だ。
螺旋の階段と移動式の梯子、何人かの生徒が一階にある閲覧コーナーに座ってて、各階にも人の姿が見える。
壮観なのは本が勝手に空間を飛んで行き交ってること。
ああ、ここは魔法の国なんだなって痛感する。
途方に暮れて立ってたら、小さなピンクの羽虫が寄って来た。羽虫が不思議な音声で俺に問いかける。
『お探しの本がございますか?』
機械音のようでもあり、弦楽器のようでもある。例えが難しい音声だな。
「古代史の本を探してる」
『承りました。お探しの本は最上階にございます。飛ばしますので、ご用意下さい』
——飛ばす?
と、僕の体がふわっと浮かび、そのまま凄いスピードで上階へ上がってく。
どうなってんだ?
ピンクの羽虫、すげー。
『到着しました。ごゆるりと閲覧ください』
驚いたのは確かだが、ゲーム画像だと思えば納得もいく。
そう納得するしかない。
それより、今は古代魔法だ。
——が。
「……あぁ」
アンドリューの知識には古語に関するものが一つもないようで、背表紙すら読めない。
途方にくれるとはこの事だな。目の前に欲しい情報があるかもしれないってのに……。
敗北感が半端無い。
使えないぜ、アンドリュー。
「古語の本が読めるのかい?」
声に振り向けば、そこにもイケメンが——。
長い緑の髪を首の後ろで纏めて、黒に近い深い緑の瞳で、片眼鏡ときた。インテリ枠のイケメン様だ。
「読めないです」
彼は不思議そうに僕を見る。
そりゃな。
「読みたいんですけどね」
思わず唇を噛んで本の背表紙を睨みつけてしまった。
——と。
「なるほど。で、どういった本が読みたいんだい?」
馬鹿にするでもなく、呆れるでもなく、普通に聞いてきたから、思わず顔を上げてイケメンを見上げた。この人、良い人かもしれない。
「古代史を読みたいんです」
「そう。なら、まずは——」
彼は数冊の薄い本を手にとって、僕に渡した。
「この辺りから初めてみようか。僕が使ってた物でよければ辞書をあげよう。調べながらになるけど、時間をかければ読めると思うよ」
「!?」
この人——神か?
「い、いいんですか?」
「もちろん」
仕様なんだろうけど、ここの人達って本当に親切だよな。
リアルにこんなんされたら、音を立てて落ちる女子が売るほど出るんじゃないかな。
「ありがとうございます」
「気にしないでいいよ。後輩の面倒を見るのは上級生の務めだからね。じゃ、このまま二年生の寄宿舎までおいで、辞書を渡すから」
「はい!」
僕はインテリイケメンと連れ立って図書館を出た。
「新入生で古代史に興味を持つ子がいるとはね。嬉しい気がするな」
イケメンは並んで歩きながら、穏やかに話す。
それしても足が長いな、歩幅から違う。
今は僕に合わせて、ゆっくり歩いてくれてるんだな。いい人だ。
「古代史なんか、古臭い学問だって敬遠されがちだからね」
「いえ。国の成り立ちを知ろうと思ったら、古代史を知らないと」
話の流れで、そんな風に答えたら、彼はピタッと足を止めた。
——なんだ?




