ルームメイト(ジン)
ソルティソ魔法学園に入学して、アンドリュー・クライドって奴が寄宿舎の同室になった。あんまり気が合わなそうな奴だから、適当に距離を取ってやり過ごそうと思っていた。
権威主義者は好きじゃないし、上昇志向が強い奴も面倒だ。
そう思ってたのに——入学式の朝、起きてこないアイツを起こしてから事情が変わった。
入学式だっていうのもあったが、確かクライドは首席入学で新入生代表の挨拶があったはずなのに、眠ったままでピクリとも動かなかった。
——死んでないよな?
そんな不安に襲われるくらい身動き一つしない。
「おい。アンドリュー・クライド」
仕方なく声を掛けたんだが、無反応だった。
「……おい。おい!」
本当に不安になって、眠ってるクライドを揺り起こす。
何度か揺すってる内に、瞼がピクッと動いた。
「起きろ、朝だ」
パチッと目を開いたクライドは、俺を見たまま瞬き一つしない。
——大丈夫か、コイツ?
「着替えろよ。飯を食いに行くぞ」
寝ぼけてるんだろうと思ったら、クライドは絞り出すような声で聞いてきた。
「…………誰だ?」
思わずキレそうになるのを自制するのが大変だった。
昨日、さんざん話したじゃないか。
俺は聞きたくもないお前の話を延々と聞かされたんだぞ。
それが、開口一番で誰だとくるか——。
「昨日、自己紹介しただろ。同室のジンだ。ジン・アイデン」
クライドは怯えた小動物みたいに、まったく瞬きせずに俺を見てる。
……どうしたんだ、コイツ。
キレそうになった事も忘れて、俺を見つめるクライドを見つめ返す。サラサラした赤毛の混ざった金髪、大きな目、細い顎、男にしては愛くるしい整った顔。
同じ人物だよな?
「……ジン?」
「そうだよ。まだ寝ぼけてんのか?」
クライドはベッドの上に飛び起きて部屋を見回した。
ものすごく慌ててる。
「おい、アンドリュー・クライド。いい加減にしろ」
「アンドリュー・クライド?」
クライドは、自分の名前を呼ばれて呆然とした表情をする。何が起こってるのかわからないが、クライドはえらく混乱してるみたいだ。
「自分の名前だろ……お前、大丈夫か?」
ベッドから飛び降りたと思ったら、鏡の前で固まった。
幽霊でも見つけたように、クライドの顔から血の気が引いていく。
「これ……誰だ?」
揶揄ってるわけじゃないのか?
本当に自分がわからないって?
「お前だろ」
俺の言葉に、取り乱したクライドは両手を握りしめて抗議してきた。
「い、いや、いや、違うだろ!」
「違わない」
「け、けど、僕は黒髪黒目の日本人で……」
昨日から比べて、あんまりにも様子がオカシイから、寝てる間に熱でも出したのかと額に手をやってみると、思ったより熱かった。
「やっぱ、熱があるんじゃないのか?」
「え? い、いや、違う」
「けど、お前の顔熱いぞ」
クライドは額に当てた俺の手を掴んで放り投げ、軽く息をつくと床を見つめて唇を噛んだ。それから、自分に言い聞かせるみたいに質問をしてくる。
「ここって、マルペーザマルモ王国」
「そうだが?」
「ソルティソ魔法学園の寄宿舎?」
「ああ。そうだよ。だから、さっきから、何の確認なんだ?」
また、凝固したみたいに動かなくなった。
何をこんなに混乱してるんだ?
「体調が悪いなら、教師に言って休むか?」
「……いや。大丈夫だ」
俺は時間があんまり無かった事を思い出した。
なんだか、様子はオカシイが大丈夫だと言うなら、急いだ方がいいかもしれない。
「なら、とにかく着替えろよ。朝飯を食いっぱぐれる。それに、お前は新入生代表の挨拶があるだろ」
「……挨拶?」
「忘れたのか? 昨日、ルドルフ王太子に言われただろ」
クライドは淡い緑の目で、泣き出しそうに俺を見つめる。
まるで、迷子になった子供みたいだと思った。
それから、何度か瞬きを繰り返し、諦めたように言った。
「……悪い。すぐ着替える」
その時から、俺はコイツから目が離せなくなった。




