アルゲント・パイソン1
自分では、そこまで緊張してると思って無かったけど、慣れない世界での暮らしは思うより疲弊してたみたいで、昨日は夕飯も食べずに寝落ちした。気づけば、朝の日差しで目が醒めるという失態。
僕は寄宿舎の一室を見回して息をつく。
——なんど起きても、ここか。
ベッドを出て、ジンの寝床に目をやったけど居ない。その代わり、僕の机には、布を被せた昨日の夕飯がトレーに乗っていた。
「ジン。マジで良い奴」
ただ、チョイスはどうかな。
冷めた白米に納豆と揚げだし豆腐。
ナスの漬物に、冷たい味噌汁の具はナメコ。
僕が和食好きだって言ったからだろうけど。
冷やご飯に納豆は厳しいだろ。
それでも腹が空いてたから、それなりに美味しかった。冷やご飯に納豆も悪いもんじゃないんだな。
食器を食堂に返しがてら、ジンを探しに行くと、アイツは中庭でアルゲント先輩と剣技を訓練してた。すぐに、声を掛けようと思ってやめる。
いやぁ。
迫力あるよな。
乙女ゲーだろって、バトルをなめてたかもしれん。
動きは早いし、剣さばきも綺麗だ。
風を切る音と重い金属のぶつかり合う音。
実際、ワクワクしてくる。
僕に気づいたジンが、軽く手を上げてアルゲント先輩に合図を送った。手を止めた二人に寄ってって、夕飯の礼を言う。
「ジン。食事を取っといてくれて助かった」
「ああ。相当に疲れてたんだな。朝まで寝てるとは思わなかった」
「僕も自分で驚いたよ。で——」
アルゲント先輩は僕を見ると、ニコッと笑った。
「おはよう。アンドリュー」
「おはようございます」
白い歯が爽やかだな。
ジンは自前の物らしい剣を掲げた。
「昨日、一人で剣を振ってたら声を掛けてもらったんだ」
「へぇ。……ちょっと羨ましいかも」
「君もやってみるか?」
「いいんですか? でも、僕はジンほど剣技が得意じゃないんですけど」
「だから、稽古なんだろ?」
——確かに。
「じゃあ、お願いできますか」
「いいよ。おいで」
オープニング映像で見た限り、アルゲントさんは二刀流だ。今は普通に一太刀しか持ってないが。
ジンに剣を借りて構えると、アンドリューの記憶が蘇ってくる。
——この感じは不思議だよな。
柏木裕翔の十六年間の記憶とアンドリューの十五年間の記憶。混ざることはない。でも、二つとも記憶として捉えてる。アンドリューの記憶ってのは、人事感が強くて映画でも記憶するみたいに覚えてるだけだけどさ。彼は貴族の息子らしく、剣の訓練もそれなりにしてたみたいだ。
剣を交える時には——。
体の中心で相手を捉える。
相手から目を離さない。
とにかく、この二つが重要らしい。
アルゲント先輩が、余裕の笑みで手を前に出して軽く指を動かす。
——かかって来いってか。
息を吸い込んだ俺は、剣を構えて走り込む。
正面から行っても無駄だよな。
動きの先を読むべきか。
訓練で上級者が立ち回る剣筋ってのは、たぶん真っ当な形だ。なら、外していくか——まずは下からだ。
下から斜に切り上げて、引いて横、そのまま左へ。
面白そうな顔をしたアルゲルト先輩は、剣を使わず身を逸らして僕の剣をかわしてく。
——くそぅ。
ジンの時みたいに、剣を構える必要もないってか。
脳裏に浮かんだのは、全く違うゲームの敵キャラだった。そいつも二刀流で、スピード重視の特攻型。攻略難易度も高めで、なんど神官に蘇生してもらったか分からない。
だけど——。
僕は動きを変えた。
回り込もう。
スピードで負けてるのは重々承知だが、切り込んで来ないなら、いけるかもしれない。
一旦離れて——。
ダッシュで横をすり抜ける。
すり抜けざまに剣を横に出して、そのまま回る。
相手を切るんじゃない。
剣を当てられればいい。