魔法杖および準じる物
属性魔法の勉強に入る前に、魔法全般の授業がある。それはププラではなく、僕やジンなんかにもメイザーちゃんが教えるってことで、一年の教室で授業を受けてた。
「ところで皆んな、アレは持って来たかしらぁ?」
アレ——それは魔法発動の時に使うと言う魔法杖、あるいは準じる物だ。
僕の前に座ってるミザリアが、黒を主体に暗めの臙脂色の模様があり、羽飾りのついた扇を大切そうに握ってるのが見えた。
「ミザリーのはソレなの?」
振り返ったミザリーが、はにかんだように笑う。
「はい。この扇はお祖母様の遺品なのです。お祖母様は、それは優秀な風魔法の使い手でいらっしゃいまして、私の憧れの女性でしたので」
「へー。だから、扇をいつも持ってるんだね」
「はい! リューは何をお持ち……」
教壇に立ってるメイザーちゃんが、パンパンと手を叩く。
「はいはい。皆んな、人の持って来た物が気になるのは分かるけど、今はこっち向いて集中してね〜」
ミザリーが軽く首を竦めて前を向いた。
僕は自分の右腕にハマったブレスレットを見て、チラッとジンを伺う。ジンは片腕を机について、メイザーちゃんを見てた。
彼の席からだと真っ直ぐに教壇が見えるだろうな。
ミザリーの横が空席になってるから。
彼女は取り巻きの女子が横に座ることを拒否したんだよね。
——貴族子女の方々ですと……隣に座った方が、より私のお気に入りだ的な事を言い出しますので。そういうことで揉め事が起こるのは嫌なのです。
彼女は苦笑しながら、そう言ってた。
貴族って本当に面倒なんだな。
「持って来た物に魔力を送る方法を試すわよ? 皆んな、自分のアイテムを身につけることー。掴んでても構わないから、とにかく触れててね」
細いシルバーのブレスレットを軽く指で突く——これは、ジンに貰った物だ。
☆
僕にもアンドリューとしての記憶が全く無いわけじゃない。アンドリューの記憶の方は、断片的な夢みたいな感じで覚えている。
けど……人ごと感が強くて。
思い入れの強いものがいいと言われても、アンドリューの持ち物の中にピンとくる物が無くて困ってた。
「裕翔、荷物広げて何やってんだ?」
「んー。ほら、魔法杖的なヤツ。明日には持って来いって言われてたけど、決まんなくてさ」
ジンは僕がベッドに広げた荷物に目をやった。
どれもこれも、アンドリューの物だ。
「思い入れのあるものが良いって言われたってなー」
「……そうだな」
ジンは少し考えてから聞いた。
「裕翔ってどういう意味?」
「え?」
「名前の意味」
「……満ち足りて…飛ぶ的な?」
「飛ぶのか」
そう呟いてから自分の荷物を探る。
何やってんだろうと思って、ジンを覗き込んだら。
「コレ、お前にやるよ」
「なに? ブレスレット?」
「飾りが隼なんだ」
「なんで? ハヤブサ?」
彼はニコッと綺麗に笑って、僕の手にブレスレットを押し付けた。
「飛ぶんだろ? 名前の由来に近ければ、魔法も発動しやすくなるんじゃないか? お前がこの世界で持ってる自分のモノって名前ぐらいだろ」
僕は手の中に押し付けられた、銀色の細いブレスレットを見つめた。シルバーの細い輪は、留め具の所に鳥の紋章が彫り込まれてる。
僕の名前の由来から考えてくれたのか。
「いいの?」
「ああ。なんとなく気に入って自分で買ったヤツだから、高いものじゃないけどな」
「いや、うん。………ありがとう」
ジンは僕を柏木悠人として扱ってくれる。こういう所、本当に良い奴だよな。なんだか少し照れくさくなりながら、腕にブレスレットをハメた。
——どうしても、誰かと恋をしなきゃならないなら……。
ジンが不思議そうな顔で僕を見上げてた。
「どうした? 気に入らなかったか?」
「あ、いや。すごく、カッコいいと思う。ありがとう。えっと……ジンは何にするんだ?」
「家紋の入った指輪にする。祖父に贈られたものなんだ」
「アイデン家の家紋ってどんなの?」
「向かい合った蝶だ。見るか?」
「見たい」
ジンは右手の小指から金の指輪を抜いて、僕の手の平に乗せた。
「マルペーザマルモだと、蝶はあの世からの使いだ。あの世とこの世を行き来する」
「……意味深だな」
デザイン化された蝶は、向かい合って足を寄せ、羽を閉じてる姿だった。
「俺、闇属性だっただろ? 周りは意外だったようだけど、自分ではそうかもって思ってた。アイデン家には希に闇属性の能力者が生まれるんだ。祖父もそうだった。だから、この指輪をしてれば、祖父に助けてもらえそうな気がするしな」
指輪を見つめるジンの目が優しい色を浮かべてて、ああ、彼はお爺ちゃん子だったのかもって思った。
僕の視線に気づいたジンが小さく笑った。
——あ、また。
なんか、心臓ヤバい。
僕は慌てて目を逸らせた。
だから——違う。
これはゲームの仕様だ。
☆
教壇の上でメイザーちゃんが言う。
「じゃあ、自分の魔法杖、あるいは準じるものにエネルギーを流してみましょうか。そうねぇ、自分の熱を注ぎ込むような感じでイメージして見てね。はい、やってみてー」
自分の熱をブレスレットに注ぐ?
熱ねぇ。
ジッとブレスレットを見てたら——。
ブレスレットの上に光を纏った鳥が見える気がした。
光の鳥は——空みたいな青い目をして俺を見つめ返す。
目が合うと——心拍数がどんどん上がってく。
ーー心臓、大丈夫か?
この感じ、ジンの笑顔に似てるな。
そんな気がした。




