柏木裕翔
寄宿舎に戻ってすぐ、椅子を二つ向かいに並べて——。
「じゃあ、話してもらおうか」
本当に……なんなの。
この状況は。
「いや、あのね、ジン」
ジン・クライドは軽く腕を組んで僕を睨むみたいに見てる。
黒髪の間から見透かすような青い目が覗く。
誰だよ、コイツのビジュアル担当。
美形すぎだろ……。
ってか、目がさぁ。
目が——ヤバイんだけど。
そのヤバイ目を細めて、ジッと僕を見つめる。
ああ、もう、赤面しそうだ。
勘弁してくれ。
「まあ、朝から変だとは思ってた。お前は取り乱してたしな」
「………それは」
まあ、取り乱してたよな。
滅茶苦茶ビックリしたからな。
「その上、教室であの発言だ」
「いや、僕からも聞いていい? あの発言って?」
ジンはクイっと顎を上げた。
わっ、なんか、そういう表情されると、背筋が冷える。
「昨日のお前の話を覚えてるか?」
——覚えてるわけないし。
「……お前は俺に敬語を使ってた。自分は男爵家の息子で、俺は辺境伯爵家の息子だからな。お前は嫡男で俺は次男といえ、家の格が違うからって、さんざん言ってたんだぜ? そのお前が、この国は能力主義? 笑わせんな。自分はカチコチの伝統的権威主義者なのに」
——え?
僕は思わず頭を抱える。
聞いてたキャラと違うじゃないか、姉貴。
アンドリューは可愛いキャラって言ってなかったか?
アイツの可愛いを信じちゃダメだったか——。
「それに、お前は自分で気づいてるのか?」
「何にだ?」
「……見た目は確かに昨日のままだけどな。表情や喋り方が全く違う。別人レベルだ」
仕方ないだろ。
本当に別人なんだから。
「僕の話なんか聞いたって………信じられないと思う」
「それは聞いてから決める。とにかく話せ」
どうすっか。
こんな感じで詰め寄られ続けたら、こっちの身が持たないよな。
——まあ、仕方ないか。
どうでせ変人扱いで終わるだろ。
僕は自分が異世界から来た人間だってこと、ここが姉貴のハマってた乙女ゲームの世界だと思うってこと、自分は日本人で柏木裕翔っていう高校一年生の男だって話なんかをした。
「こういうの、僕の世界だとゲーム内転生っていうんだ。いや、転生じゃないかな——僕は死んでない。たぶん」
——死んでないよな?
そういう覚えは全くない。
きっと、ジンは引いてるんだろうなって思ってたら。
「なら。お前は、機械の中で遊ぶゲームとして、この先の未来を知ってるってことになるのか?」
茶化すわけでもなく、真面目にそう聞いてきた。
「実はあんまり分からない。ゲームをしてたのは姉貴だから、僕は詳しくないんだ。それに、ヒロインがいないし」
もう少し真面目に若葉姉の言ってることを聞いときゃ良かった。
「ヒロインって?」
「ああ。ええと、ゲームの主人公。主体的にストーリーを進めてく女の子が居ないんだ」
「いないと困るのか?」
「僕の知ってるゲームだと。ルドルフ王太子が卒業する前に魔王が復活する。それをヒロインが選んだパーティーで倒せればゲームクリアになるはずなんだけど」
「……魔王か。俺の知ってる話だと、五百年くらい復活してないけどな」
そういう複雑そうな顔しないで欲しいな。僕だって、できるなら、もう少し分かりやすく説明したいけど、できないんだし。
「とにかく、ヒロインがメインで魔王を討伐するゲームなんだよ。庶民出だってことで困難もあるけど、それを乗り越えて優秀な聖魔法使いになって、攻略対象と恋に落ちて古代魔法を獲得する。その古代魔法で魔王を倒して、世界を救うのがゴールって感じ」
ジンが軽く首を傾げる。
柔らかそうな髪が動き合わせて揺れた。
「ゴールの後は?」
「そこで終了。ゲームってそういうもんだよ」
「……ふぅん」
——納得してないなぁ。
当たり前か。
そもそも、ゲーム自体がよく分かってないみたいだしな。乙女ゲーを分かれって言われても混乱しかしないだろう。僕から見ればキャラの具現化でも、ジンにしてみれば——この世界がリアルなんだろうしな。
「えーと。まあ、ここが姉貴のやってたゲームと同じ世界なら……攻略対象の六人がいるはずなんだ。まず、君。ジン・アイデン。あと、ルドルフ王太子も攻略対象だ。他に分かるのは、断片的な名前だけだけど、ベーダ。アルゲント。ププラ。もう一人の名前は分からない」
ジンが形の良い眉根を寄せる。
うーん。
なんか、悩ましいな。
「攻略対象って何だ?」
「ん、まあ、ヒロインの恋人候補って感じ。乙女ゲームってラブストーリーが主軸なんだ」
「………恋人ねぇ」
「繰り返しになるけど、ヒロインが攻略対象と恋仲になると《クリスタル・ローズ》って魔法を使えるようになるんだって姉貴は言ってた。その魔法は魔王討伐で必須のスキルなんだって」
説明してるうちに、僕まで苦笑したくなって来た。
実際、呑気な話だよな。
なんだよ、イケメン落とすと古代魔法が使えるようになるって——。
ジンは半信半疑といった面持ちで首を捻った。
まぁ——全面的に信じろって言っても無理だよな。
「……そこで古代魔法が出てくるのか」
「そうなんだけど……ヒロインが居ない今、魔王討伐チームの誰かが、この魔法を取得しないといけないんだと思うんだ。そうしないと魔王が倒せなくて、どっちにしろゲームオーバーだ」
彼がふっと口元に手をやる。
指、長いな。
「ゲームオーバーになるとどうなるんだ?」
「分からない。逆に聞きたいんだけど、魔王が復活するとどうなるか分かる?」
ジンは眉根を寄せて苦い顔をになった。
「俺も神話レベルでしか知らないが、千年の暗黒時代が訪れるって言われてる」
「……暗黒時代?」
「空を暗闇が覆い、太陽の光は遮られ、雨も降らず、風も止む。地上は冷えて生き物が全て死滅するそうだ」
「え? マジ?」
「……ああ」
僕は騒めく教室で、賑やかに喋りあってた生徒達を思い出してた。
一人一人に、個性があって、感情もあって、まるで現実の人間みたいだ。
いや、みたい、なんじゃなくて、ここで現実を生きるているんだよな。
目の前のジンも——キャラなんて言葉では片付けられない。
怪我すれば痛いし、血が流れるんだろう。
病気にかかれば苦しくて。
空腹も辛いだろう。
ゲームがクリアできなかったら、この世界の住人——どうなるんだよ。
そう考えて、ゾッとした。




