表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

第一話 漫画家になる方法

「※※※※※みたいなの描いてよ」

「え……?」

「『※※※に俺はなる』みたいな漫画。大ヒット間違いなしだよォ」

「はぁ……」


 ヤニ臭い息を吹きかけられ、手越光は困っていた。

 寒さも日に日に増してきた11月ごろ。彼は今、半年かけて描いた渾身の処女作を手に、地方の小さな出版社に持ち込みに来ていた。就職活動が全て失敗に終わり、人生がすっかりどうでもよくなった彼は、遊ぶ金欲しさに漫画家にでもなろうと思っていたのだ。


 もしかしたら自分には、漫画の才能があるのかもしれない。


 あるだろうか……いや。きっとあるに違いない。

 大丈夫だ。毎日夜寝る前には、自分が『能力者』になった妄想を欠かさずしているのだから……。


 根拠のない自信に満ち溢れた彼は、作品が出来上がると同時に、居ても立っても居られず出版社に電話をかけた。


 これから自分は、漫画王になるだろう。

 白い息を吐きながら。期待に胸を膨らませて、彼は夢への第一歩を踏み出した。


 だが、初っ端ふた回りくらい年上の編集者からかけられた言葉は、「大先生に喧嘩を売れ」だった。

「※※※※※みたいなの、って」

 人気も人気、誰もが知っている漫画である。それをパクれと言うのだ。いくら新人とはいえ、そんなことをしたらこの業界で生きていけなくなる……それくらいは手越も分かっていた。


 大体デビュー作からパロディって、それは王としてどうなんだ? 自由と言えば響きは良いが、漫画家になる方法として考えた時、あまりパロディに頼り過ぎるのは良くないと思う。うん。

 

 気を付けねば。


「じゃ、そういうことで」

「どういうことですか?」

「とりあえず来週の連載会議にかけるからさ。それまでになれよ。※※※に」

「そんな無茶な……!」

「これから予定があるんだよ。こないだ行ったキャバクラのネーちゃんに、呑みに誘われちゃってさ」


 無精髭の編集は、ニヤニヤしたまま手越の原稿を突っ返して来た。原稿は全部で48頁あったのだが、最初の数頁パラパラ捲られただけで、碌に読まれもしなかった。


 手越は落胆した。


 やはりそう甘い世界ではないらしい。最悪、漫画家にはなれなくてもいいから、とりあえず遊ぶ金だけでもくれないだろうか……彼がそう願っていると、隣のブースがやけに騒がしくなった。


 狭い雑居ビルである。必然的に、話し声も耳に飛び込んで来る。手越の時とは全然違う、歓声だとか、感嘆の声が度々聞こえて来る。気にならないはずは無かった。


「……何ですか?」

「嗚呼」

 編集者が立ち上がりながら、ボリボリと尻を掻いた。


()()()()()()

「彼女?」

「お前と同じ新人だよ。新人漫画家」

「へえ……」


 手越は思わず顔を上げた。

 やはり、自分だけではなかったのだ。遊ぶ金が欲し……いや、崇高なる夢をこの荒れ狂う新時代に共にしていたのは。勝海舟に出会った坂本龍馬のような気持ちで、手越の胸は踊った。同じ新人と聞いて、しかも女子だと聞いて、彼は俄然興味が湧いた。しかも漏れ聞こえる声を聞く限り、かなり高評価らしい。一体どんな人、どんな漫画なんだろう……。


「やめとけ、やめとけ」

「え?」

「彼女には良からぬ噂があってな」

 編集が途端に真面目くさって言い放った。

「作品はともかく、人柄がな。業界じゃ良くない奴だともっぱら評判だよ」

「はあ……」


 この編集者より良からぬ奴がこの業界にはいるのだろうか?


 なんて業界だ。軽く絶望しながら、手越は興味が抑え切れず、気がつくと隣のブースを覗き込んでいた。

 すると……

「……!」


 そこにいたのは、雪の妖精……手越は息を飲んだ……透き通るような白い肌の、美しい女性だった。

年齢は彼と同じくらい、いやそれより若いだろうか。淡いクリーム色のワンピースを着ていて、対照的な艶のある黒髪が、実に良く映えていた。細身で、まるで陶器でできた人形のようだったが……その表情だけは、何故か吹雪のように険しかった。


 美しい……だがその美しさ故に、余計にその険しさが際立って見えた。

 たとえるなら、夜道で出会った青白い幽霊のような。

 尸の山の上に立っている、血濡れの夜叉のような。

 申し分ない美女である。

 だが、光り輝く美の裏に、何処か危うい陰も見え隠れしていた。


「……貴方が、次の私の対戦相手?」

「え?」


 少女は手越を一瞥し、小首を傾げ、そう声をかけた。それで彼は我に返った。見惚れてしまっていたのだ。

「えー、っと……」

 凛と澄ました声は何処までも心地良く耳に届いたが、彼は言葉の意味が分からず、思わず固まってしまった。


 後から聞いた話だが、彼女……深沢吹雪は、同業者の漫画家のことを『対戦相手』或いは『敵』と呼んでいるらしかった。それを知った時、手越は仰天した。同業者は、同じ夢を志す仲間であるはずなのに……そもそも漫画家同士で『戦う』なんて考えたこともなかった。しかし彼女は、吸い込まれそうな両の瞳の奥で、その時すでに『連載枠』という名の椅子取りゲームの、その先すら睨んでいたのだ。


「……ちょっと冴えない感じね」

「え??」

 彼女はフッと笑うと、手越の人差し指をそっと掌で包み込み、

「あ……あででででえッ!?」

 いきなり逆側に曲げ始めた。激痛が手越を襲った。


「な……何するんですかッ!?」

「折れるかと思って」

「は?」

「折れたらしばらく描けなくなるでしょう? だから」

「だから……?」


 手越は意味が分からず、涙目になりながら後ずさった。なんだ。なんなんだこの女は。


「手越光クン」

「はい……?」

「漫画家にとって、自分が連載している雑誌の中というのは、戦場なのよ」

「……!」

「……戦いに情けが必要かしら?」

「ヒィ……ッ!?」


 吹雪は端正な顔を綻ばせ、ニコリと笑った。

 手越は、勘違いしていた。

 漫画とは……単なる遊ぶ金を稼ぐ手段にあらず。

 手越は思い知った。

 漫画とは……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だということを。


 圧倒的な初動の差。

 生半可な努力では覆せない、戦闘経験値。何よりその、破壊への躊躇いのなさ。


 出版社のブースの中では、こんな事が日常茶飯事だと言うのか。


 なんて業界だ。深沢吹雪と出会い、手越はポッキリ漫画を描くのをやめた。

 彼女にはとても叶わないと思い知ったのだ。

 彼は遊ぶ金を欲しがることを諦め、真面目に就職することにした。

 マトモな職に就けば、少なくとも指を折られることはあるまい。そう思ってのことだった。


 彼の予感は、ある意味正しかった。


 外はすでに、冷たい北風が吹き荒んでいた。

 これから数週間を待たずに、雪の季節が巡ってくるだろう。


 一面の雪景色は、美しさだけでなく厳しさもまた等しく備えているものだ。


 そしてこれからこの業界に吹雪を呼び起こすのは、他ならぬこの少女だった。

 

《To Be Continued……》

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ