山姥に誘拐されて子作りをせがまれるが、俺はホモなのでその望みには応えられない
盆に訪れた親父の実家はF県にある山の奥だった。
「よー来たな。ハハ、まーくんは今年でいくつだったかのぅ?」
「……今年で25です」
「えあ!? そうか、もうそんな大人になってたか! 悪かった悪かった!」
お決まりの挨拶から始まり、玄関に飾られていたデカいスズメバチの死体に驚き、やけに塩辛い漬物とお茶を出され沈黙する。何度来ようが未だ慣れないこの場所に、俺は居心地の悪さを感じていた。
蝉が五月蠅く鳴いており、窓から見える山を見つめる。
「この辺ってカブト虫とか捕れるの?」
何気なく呟いた一言に、親父が笑顔で答えた。
「昔はよく大きいのを捕ってたな! 今でも捕れるんじゃないか!? ハハハ!!」
「んだんだ、よー捕ってたなぁ!」
俺はすっと立ち上がり「ちょっと行ってくる」と言った。
「ほう、でもあまり奥さ行ぐなで。山姥にさらわれっぞ」
「はい」
アホ臭さと思いながら外へと出る。カブト虫とかどうでも良かったが、外に出られるなら何でもいい。兎に角あの居心地の悪い場所から逃げられればそれで……。
山へと足を向けると、人が歩ける程度にはなっていた。枝が踏み折られ、恐らく子ども達やこの辺の住人が歩いた跡が道となっているのだろう。
「しかし蝉が凄いな……」
新幹線やパチンコ屋並みの騒音と化した蝉の山。枝が折れる音がまるで聞こえず、俺の呟きは蝉時雨にかき消された。
いた。
無心で歩き続けた後、童心に返ったかのような感動が心をくすぐった。見た目には小さなクワガタが、木の上の方を歩いていたのだ。
服が汚れようがお構いなしに、木によじ登る。荒れた木の肌とが刺々しく、運動不足も祟って俺はあっという間に擦り傷だらけになってしまった。
「うわぁ! 捕れた捕れた!!」
もう子供染みたとか、そういう事はどうでも良くなっていた。ただ単に、虫が捕れたことがとてつもなく嬉しかったのだ。
そして俺は、気が付けばがむしゃらに山を歩き、そして迷ってしまった。
「やべぇな……」
蝉の鳴き声が収まり始めた頃、俺は途方に暮れていた。方角も分からず、スマホは当然圏外。唯一捕れたクワガタだけが沈んだ心を紛らわせてくれた。
しばらく歩き続けると、ふと人工的な作りの屋根が見えた。
「やった……!!」
俺はたまらず駆け出した。
辿り着いたのは見窄らしい小さな家だった。山の中にそびえる家に救いを求め、俺は扉の前へと立った。
インターフォンも無いため、ノックをする。すると中から返事があった。
「どうぞ」
俺は嬉しくなり扉を開けた!
──ガチャ
醜いお面を着けた謎の人物が目の前に現れた。
「うわぁ!!」
たまらず声を荒げ、うっかり手を離した隙にクワガタが逃げ出した。
逃げだそうとするが、俺は腕を捕まれ、家の中へと引き釣り込まれてしまった……!!
「よー来た……子作りか?」
「……!?!?!?」
麻縄でぐるぐる巻きに縛られた俺は床に転がされ、醜いお面の人物が謎の言葉を発した。
「こんな蝉の五月蠅い日には、男がやって来て子作りをせがむと我々山姥に言い伝えがあるでよ……そうだべ?」
「んー!! んー!!」
口を布で押さえられているが、俺は必死で首を振った。兎にも角にもこの場から今すぐ逃げ出さなくては……!!
ジタバタと暴れようと壁を蹴る。すると上から恐ろしい出刃包丁がストンと俺の顔のそばへと突き刺さった。
「暴れると、ケガするでぇ……?」
俺は恐ろしさのあまり暴れるのを止めてしまった。
「大人しく子作りすれば……帰してやるでよ」
スッとワラを纏ったその姿が部屋の隅へと消えると、今度はセーラー服を来たお面人物が現れた。
「都会人はこういうのが好きだと聞いた……これでええか?」
俺はあまりの光景に言葉を失い、そして一気に緊張感が解けてしまった。それくらいにスカートから出た脚が美しかったのだ。
「……どれ」
大人しくする俺を見たお面の人物は、口の布を外してくれた。
「あ、あのー……これ、何かのドッキリですか?」
「いんや、ただの子作りだ。そしてオラは山姥だ。訳あって素顔は出せねぇ。でもお前はオラと子作りをしないと帰れない。おーけー?」
いやいや、答えはノー以外の何物でも無いよ。
だって俺……ホモだもん!!
「あのー……因みに子作りをしない場合は……」
「ミンチとなって夜飯になる!!」
「ふぁっ!?」
思わずちびりそうになる。ミンチってヤベぇだろ!!
控えめに言っても思考回路がお粗末な山姥が「ほれほれ」と言いながらスカートをめくりギリギリのチラリズムを誘っているが、ホモからしたら吐き気しかしない。何の罰ゲームだこれは。
「む、全く動じないな……さてはお主……!!」
しまった! ホモだとバレたらミンチになってしまう!!
「ナース服が好みかえ!?」
山姥が部屋の奥へと引っ込み、ナース服に着替えて出てきた。
「うっ……!!」
山姥の体には巨大な胸が潜んでおり、あからさまに膨らんだナース服が俺の吐き気を更に誘う。
「むむ、これもイマイチか……さてはお主!!」
「……!!」
「貧乳派じゃな?」
山姥がクルリと回ると、それまで破裂する勢いで溢れていた胸肉が、途端に無くなってしまい、俺は意表を突かれた。
「えっ?」
「何を驚いておる。この位朝飯前じゃ。最も、醜いこの顔は変えられないから、変えられるのは体だけじゃがな」
「…………」
俺は呆気に取られてしまった。なんと簡単な事だろうか。こんな簡単に解決策を見出せようとは思いもしなかったのだ。
「男の娘で宜しくお願いします!!」
「む? よかろう!」
こうして、俺は理想の相手を見つけ、山姥の住む山奥で一生遊んで暮らした。