通貨を廃止した世界
「君らは僕より下の人間だ。目に見えない壁があるんだよ」
あぁ、生徒会長はまた、僕たちを蔑んでいる。
石川郁哉は今日も授業中に激怒してくる生徒会長の加藤大賀に対し、憂鬱な気持ちを抱いていた。
大賀がなぜ授業中にこんなことを言っているのかというと、僕らが彼の授業を妨げてるからだ。彼は成績優秀でそのうえ運動神経も良いという完璧人間である。それに比べ、僕は頭が悪く運動神経も悪い。彼を悪い鏡で写したような存在だ。
しかし、そんな彼にも1つ難点がある。それは利己主義である事だ。生徒会長になった頃は僕たちの心に寄り添って精一杯頑張ってくれた。だが、ついにと言うべきか利己主義である大賀は僕ら生徒に対し、大きな差があると言ってきた。
「先生!なぜ僕が彼に合わせて授業を受けなければならないんですか!」
僕たちが原因で授業が止まると、こんな風に彼は激怒するのだ。
「ま、まあ加藤くん、ここは学校だからね。みんなと一緒に高め合っていく事が大事だからね」
先生はしどろもどろに答えた。加藤は不満げな顔のまま席についた。
きっと立場が上である先生がいるから、なんとか抑えきれているのだろう。
「君たちと僕たちには目に見えない大きな差がある。それはわかってもらいたい」
無理な主張だな。でも、そんな学生生活ももうすぐで終わりだ。
僕は才能も夢も気力もない。大人になったらどうなるのだろうか。
〜20年後〜
学生時代から20年がたった。才能も夢も気力もないと言っていた僕は、結局大人になってからもその考えは変わらなかった。いくつかアルバイトをしてこともあったが、長続きせずやめてしまった。今では親からお金を貰って生活していた。
学生時代、生徒会長で優秀だった彼はというと、驚くべきことに、若くして総理大臣になったのである。元々とてつもなく優秀だった彼は選挙に出馬してからというもの、国民のために様々な公約を立て、そして持ち前のルックスで人気を集め瞬く間に出世していった。やはり僕と彼との間には大きな壁があった。
そして、なんといっても、彼は学生時代の利己的な人間とは打って変わって、国民の事を1番に考え、行動していた。
きっと僕なんかとはずっと無縁だろう・・・そう思っていたところ、なんとそんな彼から僕宛に手紙が届いた。それは学生時代の同窓会の案内であった。この手の手紙は毎回断っていた。何故なら恥ずかしい自分の経歴を周りに知られたくないからだ。
だが、今回は断らなかった。なぜなら彼の手紙にはこう書いてあったからだ。「学生時代は本当に迷惑をかけました。申し訳ないと思っています。総理大臣である今、国民の1人である皆様に謝罪として、僕の家で同窓会を開く事にしました。もちろん参加費はありません。是非来てください」
そう、参加費がなく、美味しい食べ物が食べれるのだ。ただで美味しい物が食べられるなら行くしかない。
そう考えた僕は同窓会へと出向く事にした。
同窓会ではやはり沢山の旧友がいた。ニートである僕にとってはやはり屈辱的な気分になるが、この豪華な食べ物を前にそんな気分は吹き飛んだ。
総理大臣である加藤の周りには沢山の人が集まっている。やはり、彼は人気であるようだ。自分と他の生徒達の差を分からせようとしていた、あの時とは確かに変わっていると思う。
「皆んなには学生時代、沢山の迷惑をかけた。本当にすまない」
その言葉が何度も聞こえてきた。そんな加藤は総理大臣として、国民のために尽くしてきたことが評価されてきている。
すると、加藤はステージに上がり、まるで演説でもするかの様に話始めた。
「今日は来てくれてありがとう。君たちには学生時代、本当に悪いことをしたと思ってる。その事を始めに謝らせていただく。申し訳ない事をした」
そう言い、加藤は深々と頭を下げた。
これは驚きだ。一国の総理大臣である男が僕達に向かって頭を下げるなんて・・・本当にあいつは変わったんだな。
「これからは君たちを含めた国民の誰もが、よりよく暮らせる為に尽くしていくつもりだ。もう少し経ったらある特別な制度を出す事になっているんだ。その時までに君たちに謝りたいと思っていたんだよ」
それから加藤の演説のような長話も終わり同窓会も終わりを迎えた。
あ~食った食った。
久々に美味しいものを食べることができた僕は、満足した面持ちで家へと帰っていった。因みに加藤の話は全く聞いていない。
しかし、1つ気になる事ができた。
同窓会の時、トイレに行こうとしていた僕はトイレを探して加藤の家の中を歩いていた。やっと見つけた扉を開けると、その光景に唖然とした。なんと、そこにあったのはトイレではなく、部屋一杯にある現金であった。その量は1億2億というレベルではなく、数える事が困難なほどにあり、その光景に思わず僕は立ち尽くしてしまった。
その時
「どうしたんだい?こんな所で?」
背筋が凍ったのを感じた。恐る恐る振り返るとそこには加藤が立っていた。
「あっ、ご、ごめん。トイレに行こうと思って・・・」
僕はとっさにそう答えた。
「そうかい。僕はさっき会場以外の部屋には入らないでと散々言ったのにな。トイレは突き当たりを曲がった所だから」
「す、すまない。わかった。ありがと」
その場から離れる様にその場を後にしようとすると
「今見たことは絶対誰にも言うんじゃない。そして、忘れろ」
小さく低く唸る様な声が僕の耳に届いた。
もう一度、背筋が凍るのを感じる。
振り向きざまに見た、加藤の目はまるで学生時代の時の様だった。
そんな事があったが、結局、僕は美味しい食べ物を食べる事ができ、結果オーライ、と考えていた。そして、そのまま家に帰り就寝した。
〜次の日の朝〜
「なっ!?どう言う事だよ?」
朝起きてテレビを見た僕は唖然とした。
「速報です。加藤総理が、通貨廃止制度を発表しました。これにより、来月から通貨が完全に廃止されます」
〜数ヶ月後〜
通貨廃止制度が始まり、数ヶ月が経った。
その制度は文字通り、通貨が廃止されるのである。具体的に、仕事をした時間が自分のお金となるのだ。
例えば、1時間仕事をしたとすると、1時間仕事をしたという記録が残る。物の値段は円ではなく〇〇分となり、物が10分となっているとすると、それを買うのであれば、仕事をした時間の1時間から10分が引かれ、その物を買うことができ、自分の手持ちの時間は50分となる。
この制度が導入され、国民は仕事をするしかなくなった。僕も同じである。制度により、親からお金を貰えない以上、自分が働いて"時間"を稼ぐしかない。僕はなくなく、仕事をすることとなっていた。
以前まで使われていた通過は今ではただの紙切れだ。その紙切れの通貨は政府によって回収された。
その後、その制度を導入してから日本は大きく進歩したのである。
なぜなら、誰もが仕事をする為、景気がますます良くなり、治安も良くなった。治安が良くなった理由はやくざや詐欺師も同じ様に仕事をしなくてはいけないからだ。制度が導入されて、経った数ヶ月でそんな人達の影は無くなっていった。
皆んなが働いた。お金持ちと言われる人も、貧乏な人でも。
首相である加藤大賀により、目に見える様に日本は発展していった。
〜3年後〜
僕がレジ打ちの仕事を初めて3年が経った。初めは仕事をする事が嫌で何度も辞めようと思った。しかし、働かなくては生きていけないという通貨廃止制度、この制度によって僕は以前と大きく変わり、仕事に意欲的になっていた。理由は他でもない、数時間働くだけでかなりの物が買えるからである。
高級車でも70時間、家は300時間で購入する事ができ、日本の景気の良さのおかげで様々な物が安い"時間"で買う事ができるようになっていた。
僕はレジ打ちの仕事なのに、様々な高級品を購入し、最近では新車までも購入していた。
数年前とは打って変わり悠々自適な生活を送る事ができていた。
今日も仕事が終わり、新車の車で帰った。
加藤総理のおかげで最高の暮らしが置かれている。本当に感謝しかない。
そう思いながら家につき、自分の部屋に入り、テレビをつけた。
「えっ?」
僕はテレビの前で呆然と立ち尽くした。
「速報です。通貨廃止制度が今月で撤廃されると、ただ今発表がありました」
「今月で撤廃?・・・嘘だろ!?」
テレビでは通貨廃止制度がなくなる事を繰り返し、報道している。
制度が無くなる理由は、国民に行き渡る"時間"が同じである為、簡単な仕事につく人が多くなり、仕事の偏りが出てきて、国が機能しなくなってきたからだという。
報道がさらに続く
「来月から通貨が使用されます。通貨は3年前に使用されていた物と同じです」
僕は冷や汗が止まらず、心臓の鼓動が速くなっている事を感じる。
「つ、通貨が来月から使用されるだと?僕は来月からどうすればいいんだ?お、俺は一文無しってか?・・・」
様々な不安が頭をよぎる。
「いや、僕だけじゃない。全国民が一文無しになるのか?通貨は3年前に使用されていた物ってことは・・・ま、まさか?」
僕は同窓会の時の事がとっさに頭に浮かんだ。
点と点が繋がり、線になるのを感じる。
「そ、そうだ、同窓会の時のあの部屋だ。あの部屋の大量の紙幣はま、まさか加藤は国で唯一の億万長者にでもなるつもりなのか?」
自分の考え過ぎなのだろうか、それともこれは真実になのだろうか。僕は混乱していた。
「で、でも国民が1円も持っていない時に、1人だけ億万長者になってど、どうすんだよ!」
そう、怒鳴った時、加藤の昔の言葉が蘇ってきた。
『君たちと僕には目に見えない大きな差がある』
「・・・ま、まさか!?」
「ここで、通貨廃止制度の撤廃について、加藤総理からの会見です」
テレビの前に加藤がいる。その顔はどこか学生時代の僕達を蔑んでいた表情に似ている。
「国民の皆さん。君たちと僕の大きな差が見えてきましたね」
実際に通貨が廃止された場合、こんな感じには100%なりませんよね。面白ければいいって思いながら書いたんで、虚偽的な内容になってしまいすいません。それでも、もしこの話を面白いと思っていただけたら、下の星マークを押して頂けると幸いです。