1話 備えあれば……とは言う
日々の合間に思いついた物語なので優しい目で見てください。
無理だなと思ったらすぐに閉じてそっと忘れてください。
「おはよう~」
セイカは眠そうに目を擦りながらリビングに入ってくる。
頭もよく運動もできる美少女だが、バカと天才はなんとやら。実は変な人である。
「おはよ、今日は早いな姉ちゃん!」
朝9時、眠そうなセイカとは対照的に元気な挨拶を返すのはヨウキ。セイカの弟だ。
「二度寝しようかと思ったけど、なぜか寝付けなかったんだよね~」
「へー、めずらしいこともあるんだな」
「……ん、あれ? ヨウキ、今日部活は?」
「顧問の先生が指導に熱中しすぎて離婚騒ぎになってさー、しばらく休みになったんだ」
「世知辛いね……ところでヨウキ、おはようのキスは?」
「しないよ。ってかいつもしてないし。変なこと言ってないで顔でも洗ってきなよ」
諦め良くセイカは洗面所に行った。水音のあと、顔を拭きながら戻って来る。
「おはようのハグ~」
こうするのが当然かのように迷いなくヨウキに抱き着いた。諦めが良かったわけではなかった。
繰り返し言うが、セイカは変な人である。
「暑い! 姉ちゃん暑い!」
ヨウキが引きはがそうとするとセイカの顔がしょぼんとする。
「う……」
ヨウキは悲しそうな顔を見るのは苦手なのだ。特に姉のしょぼん顔の効果は抜群だ。
いつもと違ってしばらく休みになった夏休み。日常からのズレは“ほんの少し”から“かなり”に変わる。
はっとセイカの息を吞む音。ヨウキは「どうしたんだ?」とセイカの顔を見上げて視線の先を辿る。虹色に輝く幾何学模様が二人の足元にゆっくりと広がっていた。
「おおー、姉ちゃんまた手品に凝ってるのか!」
「いやいや、これは私がやったわけじゃないよ」
「え?」
「え?」
「じゃあなんだこれ!」
「落ち着いて、ヨウキ。よしよし」
焦りだしたヨウキの頭を撫でたところ、「もう小学生じゃないんだぞ! こども扱いするな!」と服を引っ張られた。それはもう服が伸びる勢いで。
「順当に考えれば魔方陣じゃない?」
「姉ちゃんはなんでそんな冷静なんだよ!」
「魔法なんてほら、そんなに珍しいものじゃないから」
「いやいや、珍しいどころじゃすまないだろ!」
「手品だってマジックって言うんだから実質魔法だよ。ね、身近でしょ?」
「え? ん? やっぱ姉ちゃんと話してるとわかんなすぎて冷静になってくる」
「ありがとう!」
「ほめてないから!」
ヨウキはセイカの腕をさっとすり抜け、手を掴んで移動してみる。
「うわ! ついてくる!」
「フッフッフ、こんなこともあろうかと用意したものがあるんだ」
「こんなこともあろうかと?」
こっちだよ、とセイカはヨウキの手を引く。もちろん魔方陣も「仲間に入れて」みたいに一緒についてくる。
「ジャーン! 異世界用持ち出し袋!」
「俺の部屋にある理由とかいろいろ聞きたいことはあるんだけど、なんでそんな使い道がせますぎるものがあるんだ?」
ヨウキの部屋はシンプルにまとめられている。しかし生活感がないわけではない。むしろ溢れている。机の上に広げっぱなしの教科書とホッチキス止めされたプリント、起きた時にバッとはいだ形がそのまま残っている布団が良い例だろうか。
「他にもあるよ? 非常用持ち出し袋とか」
「それは普通だ」
「なら、東京ダンジョン用持ち出し袋とか作っておく?」
「なに読んで影響されたんだ? ぜったいいらないぞ」
「わからないよ? 実際足元に魔法陣があるわけだから」
「うーん、それは……なんでだろうな?」
セイカは魔方陣を見る。
「まだ時間がある気がする」
「何かする?」
「おにぎりを作ろう」
「ピクニックか?」
「着いた先の食べ物が口に合うかわからないでしょ?」
「やけに具体的だな」
「イメージトレーニングはバッチリだからね!」
「それなんの本の影響?」
二人はおにぎりを製作した。
お弁当と異世界用持ち出し袋を準備して、万全(?)の態勢になったころ「待たせたな!」と強く魔方陣は発光する。
その光はあまりに眩しく、二人は思わず目を瞑った。
この魔方陣遅い!!!




