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 王立エルド学園では季節ごとにパーティーが開かれる。春に催されるのは、新入生達を歓迎する入学記念パーティーだ。


「別名"貴族社会の洗礼"ね」

「それはまた随分と物騒で」


 豪華なドレスに身を包んだアディナは、率直な二つ名を言い放っていた。今回選んだ衣装も、ルカを赤面させるには至らなかった。琥珀色のドレスは、アディナの豊満な胸を強調させるようなデザインでありながら、決して品格は落とさず、彼女にとてもよく似合っている。しかし、肝心のルカの反応がいつもと同じでは、似合っていても意味がないのだ。鏡の前で眉を下げていたのを、マーニャだけが慰めてくれた。

 そうは言っても、落ち込んだのは一瞬のことで、馬車に乗ってしまえばいつものアディナだった。


「毎回、会場のどこかで何かが起きるのよね。大抵は令嬢同士のいざこざだけれど」

「ご令息絡みの、ですよね」

「ええ。ちまちまとした嫌がらせを考えるくらいなら、好みの男に攻め寄る方法を考えればいいのに。横から掻っ攫われるわよ」

「皆が皆、お嬢様のようにはいかないのですよ」

「まあいいわ。わたしには関わりのないことだもの」


 アディナは案外、事なかれ主義者だ。クリュシオン家の影響力を考え、広く浅い付き合いはあれど、特に親しい友人は作ってこなかった。友人でもない人間を助ける義理は無いし、誰がどこで火花を散らしていても、素知らぬふりを通す。助けに入れば否応無く、諍いに巻き込まれる羽目になるので、そういう状況に陥らなくて済むよう、アディナは自分の立ち位置に配慮してきた。

 特定の人物と親しくすれば、やっかみを受けるのはアディナではなく友人だ。それくらい、簡単に予想がつく。

 阿呆な面ばかりが目立つが、アディナは人付き合いを巧みにこなしている。ちなみに学業の成績もトップクラスだ。本当に外面だけは完璧な令嬢である。


「ですが、気をつけてください。どこにどう飛び火するのかわかりませんから」

「女同士の争いは凄まじいって、よぉく知ってるわ。恋愛小説に泥沼は付き物だから」

「なんでちょっと生き生きしてるんですか」

「見てる分には面白いもの」


 たくましいお嬢様に、ルカはやれやれと肩を竦めるのだった。


 入学記念パーティーは、先に在校生が会場入りし、新入生を迎える準備をする。実際に準備するのは、在校生達が連れてきた使用人なのだが、細かいことはさておき。

 ルカは会場の準備に駆り出されて行ったので、アディナは待機場所として開放された教室で大人しく待っていた。


「あ、あの……二年生のお部屋は、こちらでしょうか…?」


 持参した本を読み耽るアディナに向けて、予期せぬ声が上から降ってきた。本から視線を外すと、アディナの目の前には、とても可愛らしい令嬢が立っていた。桃色の髪の毛が肩のあたりでふわふわと広がり、くるんとした睫毛に縁取られた大きな瞳はまるでエメラルドだ。


(花の精みたいな方ね)


 アディナの知らない令嬢は、所在無げに指を絡めては開いたりして、終始不安そうな顔をしている。


「ここは三年生用の部屋よ」

「えっ!?申し訳ありませんっ。すぐに失礼いたします!」

「あなた二年生?だったら、一つ上の階よ」

「あ、ありがとうございます!」

「どういたしまして」


 アディナが上品な微笑みを浮かべると、後輩らしき令嬢は可憐に頰を染めながら、何度もお辞儀をして去っていった。


(編入生かしら)


 あの容姿からして、いずれ話題にのぼるだろう。学園の狭い世界では、噂が流れるのも一等はやい。じきにわかることだと、アディナは何事もなかったかのように、読書を再開したのだった。




 ここは王族さえも通う名門の学園だ。

 たかが入学記念パーティーと侮るなかれ。会場となっている講堂は、全生徒が入ってもまだまだ余裕があるほど広く、この日のために国一番の音楽隊や料理人が集められているのだ。

 そしてワルツの曲が流れ始めると、煌びやかな会場は一気に静かな戦場と化す。婚約者を持たない令息令嬢にとって、こういったパーティーは極めて重要だ。将来のパートナーを見定め、その手を掴む好機が転がっているかもしれないからである。


(おっかない…)


 何度経験しても、水面下でびりびりしているこの空気が苦手なルカは、隅の方で給事に勤しんでいた。彼が仕えるお嬢様は、こんな緊張感など歯牙にもかけないので羨ましい限りだ。

 さて、そのお嬢様であるが、彼女は先日の作戦を実行していた。


「…せめてこっちくらい見なさいよ、ルカ!」

「彼には料理の皿しか見えていないようだね」


 アディナはクライヴと踊りながら、唇を噛んだ。

 二曲目以降は、互いに相手を変えて踊るのだが、何かと意味を持つファーストダンスだけは『共謀者』同士で踊ることにしていた。仮に誘われても、相手が決まっているからと断ることができるし、その相手が王子または筆頭貴族の令嬢だと聞けば、確実に諦めてもらえる。つまるところ便利なのだ。

 ただし、アディナの真の目的はそこではない。


「いつからそんな食いしん坊になったの!」

「アディナ、落ち着いて」

「ステップは落ち着いて踏んでいますわ」

「うん…すごいね」


 鼻息荒くルカに念を送っているくせに、アディナのワルツは非の打ち所がなかった。これには思わず、クライヴも苦笑まじりに褒めてしまう。


「殿下には却下されましたが、やはりここは…」

「断る。言っただろう、私だって好きでもない女性の…胸を掴みたいとは思わない。君と同じだ」


 かなり失礼な台詞だが、ここで怒るどころか納得してしまうのが、アディナ・クリュシオンである。


「それもそうですわね。やっぱり触れられるならルカがいいですもの」

「わかってくれてよかっ…」

「ですが『ギトギト三角関係』作戦は続行ですわ!」

「汚い作戦名だな」

「見てなさいルカ、わたしの華麗なワルツを!お願いいたしますね、殿下」

「嫌だと言ってもきかないんだろう?」


 好戦的に唇の端を持ち上げたアディナは、会場中の視線を奪うほどの踊りを披露してみせた。

 幾多の視線の中には当然、ルカの視線も混じっていたのだが、それは決まって、アディナが彼に背を向けた瞬間だけであった。ゆえにクライヴだけが、ルカがどんな瞳で彼女を見ていたのか、知ることとなった。


(…アディナ。どうやら君の作戦は、とっくの昔に成功していたようだ)


 隠しきれない嫉妬の炎と、非常な切なさ。

 一介の執事が、仕えるべき令嬢に向ける視線では到底なかった。


(私としたことが、気がつかないとはな…)


 アディナと私的に会う際は、必ずルカもその場にいたので顔は知っているし、挨拶程度なら交わしたこともある。だがクライヴは、こんなルカを目にしたことは一度もなかった。


(そうまでして隠したいのか)


 クライヴと目が合った途端、ルカは遠目にもわかるくらい目を丸くし、それからばつが悪そうに勢いよく視線を逸らした。その顔には明らかに「しまった」と書いてある。


「……アディナ」

「はい?」


 赤い薔薇のような瞳がぱちぱちと瞬く。


「君は罪な女性だな」

「?」


 とりあえず『降って湧いた好色』とやらをやらされなくて、本当に良かったとクライヴは胸を撫で下ろすのだった。

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