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たっくんは疑問形  作者: 田沢みん(沙和子)
第3章、 過去編 / side 拓巳
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1、 アジュールブルーの瞳

第3章は拓巳目線のお話になります。

今まで語られてこなかった拓巳の生い立ちと共に、「あの時はこんな事を考えてたんだ…」と、これまでのお話を振り返っていただければと思います。




俺が生まれたのは、 神奈川県南東部にある海沿いの街で、 母親は地元の建設会社の箱入り娘だったらしい。



『らしい』と言うのは、 俺にはその頃の記憶が全く無いし、 幼い頃の話は、 母親が俺に語って聞かせてくれたものだけだから、 何処(どこ)からが本当で何処(どこ)までが作り話なのかも分からないからだ。




俺には生まれた時から父親がいなかった。


いや、 生物学上の父親が何処(どこ)かにいるには違いないんだろうけど、 生まれてこのかた会ったことも見たこともないので、 いないと言った方が正解なんだと思う。



とにかく、 その『父親』になる男と俺の母親は、 友達に連れられて行った地元のクラブで出会い、 一瞬でビビッと来て恋に落ちた ……らしい。



『マイク』という名のそいつは、 在日米軍の海軍(ネイビー)で、 下っ端のエンリスティッド(下士官)だった。


3年ごとに異動がある仕事で、 その3年目に知り合った2人は、 マイクの急な異動によって、 悲しくも引き裂かれることになった。



『いつか迎えに来るから待っていて』


彼はアジュールブルーの美しい瞳を潤ませながらそう誓うと、 メキシコとの国境にほど近いアメリカ西海岸の街、 サンディエゴへと渡って行った。




母さんのお腹に俺がいると分かったのは、 マイクがいなくなって2ヶ月ほど経った頃だ。


母さんはまだ19歳の大学生で、 妊娠に関しても出産に関しても無知だった。



母親になる覚悟もないくせに、『マイクの子を産みたい』という決意だけはあった母は、 周囲に妊娠を隠したまま学生生活を続け、 お腹の大きさを隠せなくなった頃に親にバレた。



地元の名士(めいし)である両親が手塩にかけて育ててきた娘が、 こともあろうに父親が誰とも分からない子を妊娠したのだ。


周囲の困惑(こんわく)悲嘆(ひたん)は想像に(かた)くない。



月島一族の猛反対をよそに、 母さんは絶対に産むと言い張った。


結局、 大学は中退することになり、 その翌年の4月10日に、 地元の病院で俺を産んだ。



母さんが初めて俺を抱いたとき、 窓の外には俺の瞳の色みたいな真っ青な青空が広がっていて、 母さんは、 その空の先にいるマイクを想って感動の涙を流したという。





俺の瞳を見て喜んだのは、 世界中で母さん1人だけだった。


在日米軍の基地があるその地域において、 青い瞳の非嫡出子(ひちゃくしゅつし)を産んだということは、 (すなわ)ち『ネイビーにヤリ捨てされた女』を意味する。



母さんの5歳年上の兄は既に結婚しており、 同じ敷地内の別宅に夫婦で住んでいたが、 顔を合わせると露骨に顔をしかめ、 嫌味を言ってきた。



家にも街にも居場所がなく、 慣れない育児でノイローゼ気味になっていた母さんを救ったのは、 月島建設に出入りしていた下請け業者の営業社員だった。


優しい言葉で慰められているうちに恋愛関係になった2人は、 俺がまだ生後半年になるかならないかの時に、 俺を連れて家を出た。


駆け落ちだった。


何故なら男の方には妻子がいたから。



それが、 俺の母さんのダメンズ遍歴(へんれき)の始まりで、 それはつまり、 俺たちの流浪(るろう)の日々の始まりでもあったんだ……。





なあ、 小夏。

俺はみんなに望まれて産まれてきたわけではないけれど、 この世に生まれてきたことを後悔なんてしてないよ。


なんて、 それは今だから言えることで、 俺の16年間の人生の大半は、 胸糞(むなくそ)悪いことや反吐(へど)が出そうな思い出ばかりで、 それこそ俺自身を道端(みちばた)に吐いて捨ててやりたいって、 何度も何度も思ったよ。



自分の存在意義を見出(みいだ)せず、 この世から消えてしまいたいって思っていた俺を救ったのは、 小夏、 お前なんだ。



だから、 お前には全部打ち明けるよ。

全てを知った後のお前の反応を考えると恐ろしいけれど、 その反面、 吐き出してしまいたいと思っている自分もいるんだ。



怖いけれど、 お前に俺の全部を(さら)け出すから ……長い長い、 俺の話を聞いて欲しい。



そしてお願いだから ……どうか俺を嫌いにならないで……。


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