44、 俺の話を聞いてくれる?
それは、 今までのそれとはまるで違う、 熱くて激しい口づけだった。
ーー んっ……。
頭を後ろから抱きかかえられ、 唇を強く押し付けられると、 身体の奥からゾクリと震えがきて、 全身の力が抜けた。
息をすることも忘れて恍惚としていると、 そのまま2人一緒にトスッとソファーに倒れこんだ。
ーー たっくん……。
ギュッと固く瞼を閉じていたら、 不意にフッと体が軽くなり、 たっくんが私を抱く力を緩めたのだと分かる。
薄っすら目を開けてみたら、 そこには苦しそうに私を見下ろす顔があった。
「…… たっくん? 」
たっくんは私と目が合うと、 クシャッと顔を歪めて泣きそうな顔になった。
私をもう一度ギュウっとキツく抱きしめてから体を離すと、 クルリと背を向けガラステーブルに両腕をついた。
「ごめん…… 小夏…… 」
「どうして謝るの? 」
体を起こしながらそう聞いたら、 たっくんはテーブルに突っ伏して肩を震わせた。
「ハハッ…… 朝美の言う通りだな …… 俺にはお前を抱くことなんて出来ないんだ…… 」
「たっくん…… 」
「お前は ……何も知らなくていいんだよ。好き好んでこっち側になんか来る必要ないんだ。 ……頼むから、 お前だけはずっと綺麗なままでいてくれよ…… 」
たっくんが泣いていた。
何故だか分からないけど悲しくなって、 気付いたら私もたっくんの背中に抱きついて泣いていた。
胸がザラザラする。
朝美さんからぶつけられた言葉の数々は、 確実に私たちを傷つけた。
それは決して致命傷なんかでは無い。
身体の繋がりなんか無くたって、 私たちがお互いを想う気持ちは変わらないから。
だけど朝美さんの言葉は、 紙ヤスリのように私たちの心をザラリと一撫でしていった。
それはまさしく呪いの呪文のように、いつまでもジワジワと血を滲ませ、 心を蝕んでいく。
だけど……
私は呪いなんかに負けたくない。
「たっくん …… 私はそっち側に行きたいよ」
たっくんの背中がビクッと跳ねた。
「たっくん、 私はもう、 たっくんと出会う前の私には戻れないんだよ。 たっくんの事を想うと、 嬉しくて苦しくて、 切なくなるんだよ。 心の中が嫉妬でドロドロになるんだよ。恋は綺麗事じゃないって知ったんだよ。 私は…… 汚れるのも苦しむのも、 全部たっくんと一緒がいいよ」
「小夏っ、 俺は! 」
バッと顔を上げて振り向いたその瞳は、 涙で濡れた睫毛の下で、 キラキラと潤んでいる。
私が視線をそらさずじっと見つめると、 たっくんは自虐的に唇を歪め、 ゆっくり口を動かした。
「小夏…… すっごい怖い話をしてやろうか? 」
「…… 怖い? 」
急に話の流れが変わって戸惑う私に、 たっくんは右の口角を上げる。
「うん、 怖い話 ……いや、 お前がドン引きする話かな」
「 ……。」
「俺さ、 初めて朝美と寝た時に、 お前の顔を思い浮かべながらヤった」
「…… えっ? 」
たっくんは言葉を失った私の反応を見ると、『やっぱりな』とでも言うように睫毛を伏せて、 それからフッと鼻で笑った。
「俺、 アイツとヤってる最中も、 イク瞬間も……他のどんな女を抱いてる時だって、 ずっとお前を抱いてるつもりでいたんだよ。 いつもお前の裸や喘ぎ声を想像してたんだよ、 毎回、 毎回」
「…… 。 」
「ハハッ…… 何が『綺麗なままでいてくれ』だよな…… お前が汚いって言ってたその行為を、 俺はお前相手に…… 。 俺は心の中で、 とっくにお前を汚しまくってたんだよ! 」
たっくんがガラステーブルを両方の握りこぶしでダンッ! と叩くと、 ピシッという音がして、 表面に一本ひびが入った。
「…… 軽蔑した? …… 俺のこと…… 嫌いになった? 」
私は再びたっくんの背中に抱きつき、 前に回した腕に力を込めた。
私の気持ちが伝わるように……。
「たっくん、 私はそんなことで穢れたりしないよ ……。ただ、 私は知りたいの。 そんなにも私を想ってくれていたのに、 どうして何人もの女とそういうコトをしたの? どうして朝美さんと寝て、 離れたの? 穂華さんは…… どこにいるの? 」
穂華さんの名前を出した途端、 たっくんの背中がビクッと震えた。
「たっくん…… 私にたっくんの…… 空白の6年間を全部下さい」
たっくんは固まって…… ゆっくり振り返って、 私をそっと抱きしめた。
羽毛でそっと包み込むような、 触れるか触れないかというくらいの、 優しい抱擁。
「俺にこうして触られるの…… 嫌じゃない? 気持ち悪くない? 」
「全然…… 気持ちいい。 たっくんに触れられると、 そこからシアワセな気持ちが身体中に広がる」
「そうか…… 」
たっくんは身体を離すと私の両肩を掴み、 正面からじっと目を見つめた。
「小夏…… ちょっと長くなるけれど…… 俺の話を聞いてくれる? 」
美しい青い瞳の中に、 コクリと頷く私が映り込んでいた。
ここまで辛抱強く読んでいただきありがとうございました。ブックマークや評価ポイントを下さった皆様、 レビューや感想を下さった皆様、 本当にありがとうございます。 何度も励まされました。
これで第2章終了となり、 次の第3章からはたっくん目線の過去編となります。
相変わらず辛気臭い感じで進んでいきますが、読んだ後にほんの少しでも、何か心に残るような文章が書ければいいな……と思っています。
引き続きお付き合いいただければ幸いです。