41、 それだけは疑わないでくれないか?
「たっくん…… 私が…… ごめんね…… 」
私がふらつきながら一歩後ずさると、 たっくんが慌てて背中と肩に手を回し、 後ろから力強く支えてくれた。
「小夏、 謝るな。 お前のせいじゃない。 カラコンは俺がしたいようにしただけだ」
そう言って私の肩を抱いたまま、 キッと朝美さんを睨みつけ、 私に言い聞かせるように言葉を続ける。
「小夏、 お前を不安にさせたのは俺のせいだ。こんなことに巻き込んどいて、 俺を信じろっていう方が難しいだろうけど…… 」
肩を掴む手にグッと力がこもった。
「でも、『小夏が好きだ』って言葉が、 嘘偽りない俺の気持ち全部なんだ。 俺がずっと心の中に灯し続けてきた大切な希望なんだ…… 頼むから、 それだけは疑わないでくれないか? 」
ーー 心に灯し続けて来た希望……。
そういえば紗良さんも同じようなことを言っていた。
『死にたいと思った時に、 幼馴染の女の子だけが希望だったんだって。 お下げ髪のその子の笑顔に救われたんだって』
『『こんな奇跡、 信じられるか? 俺の希望をやっと見つけたんだ。 頼むから傷つけないでくれ』……って』
紗良さんからそれを聞いて、 ちゃんとたっくんと向き合おうって思っていたはずなのに…… 私はそれを避けて、 よりによってたっくんが会いたくなかった相手を呼び寄せてしまったんだ。
私は自分ばかりが傷ついた気になって悲劇のヒロインぶっていたけれど…… たっくんを不安にさせてるのは私の方だ。
私の不安定な言動が、 今こうしてたっくんを傷つけているんだ……。
私が黙り込んでいると、 たっくんは今度は朝美さんに向かって話し始めた。
「朝美、 俺はあの家に帰る気はないし、 お前とも、 もう会う気はない。 俺たちはもう他人なんだ。 小夏にも近寄るな」
朝美さんは心外だとでもいうように目を見開いて、 右手で口元を覆う。
「何を言ってるの?! 私たち、 あんなに愛し合ってたじゃない! 私は拓巳を愛してるの! あなたにだって私が必要でしょ?! 」
「…… あんなのは愛じゃない」
すると彼女は、 今度は私に掴み掛かって訴える。
「ねえ、 拓巳を返してよ! あなたなんて拓巳の事を何も分かってないくせに! 」
「やめろよっ! 」
たっくんが朝美さんの腕を掴んで私から力任せに引き剥がすと、 弾みで彼女が地面に倒れ込み、 両手をついた。
「朝美さん! 大丈夫ですか? 」
バシン!
ーー えっ?!
助け起こそうと私がしゃがみ込んだところで勢いよく頬を打たれ、 乾いた音が辺りに大きく響いた。
「いい子ぶってんじゃないわよ! 大人しそうな顔をしてても、 あなただって中身は嫉妬まみれで真っ黒なくせに! あなたも拓巳に抱かれたくて仕方がないんでしょ?! 」
「お前っ! 」
たっくんは朝美さんの前まで駆け寄ると、 彼女の胸ぐらを掴んで捻り上げる。
「小夏を侮辱すんな! コイツをお前なんかと一緒にするんじゃねえよ! 」
すると朝美さんは、 何が可笑しいのかクスクス笑い出し、 たっくんの後ろで茫然としている私と視線を合わせた。
「小夏さん、 拓巳の初めての女は私なのよ! あなたがどんなに頑張っても、 それは変えられない事実なの。 この先拓巳はあなたを抱くたびに、 あなたの身体と私の身体を比べるの! 『ああ、 あっちの方が良かったな』って。 あなたもね、 拓巳と寝るたびに、 いつもいつも、 私の顔を思い出すのよ! 」
「いい加減なことを言うんじゃねえ! 俺はお前の身体なんかにこれっぽっちも思い入れはねえよ! 」
「たっくん、 やめて! 」
私が後ろからしがみついても、 たっくんはその手を緩めようとしない。
「二度と小夏に近寄るな! 今度コイツに何かしたら ……俺はお前を殺す! 」
「たっくん! 」
「…… 殺しなさいよ」
「朝美さん! 」
「拓巳、 私を殺してよ! そうすれば、 今度こそ本当に私はあなたの記憶に残ることが出来るわ! 今すぐここで首を絞めなさいよ! 」
「朝美…… 」
「…… 分かってたわよ。 小夏さんと再会したって聞いた時点で、 こうなることぐらい。 本物が現れたら、 私なんて用無しですものね……。 だけど拓巳、 それでも愛してるの…… 」
朝美さんの瞳からツーッと涙が流れ、 たっくんの手に落ちた。
ブックマーク及び評価ポイントをいただきありがとうございます。
あと数話で第2部が終わり、 拓巳の過去編に入ります。